竹的雑感記~ヨーロッパ生活…その後~

ヨーロッパでの経験を活かし…東京砂漠で奮闘中。

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正真正銘の1ヶ月

最近ブログの更新頻度が上がっている。

アクセス数が若干ながら増えてきたから更新するのも楽しくなってきた…のではない。

原因は「風邪」

体のダルさはかなり改善されたものの、今度は咳が出てきたので外出を出来る限り控えている。…だから必然的にブログを書く時間がたっぷりある。(勉強しろ!って感じだけれど)

まずここで訂正、僕のNew Flatメイト、Fabrizioくんは20歳ではなく22歳でした。

さて本題…僕は先月の27日にマルタに到着し、28日から学校が始まったから、今日あたりがちょうど1ヶ月マルタに滞在した記念日…という事になるだろうか。

空港で入国する際に記入する紙すらまともに書けず…入国審査の質疑応答一切なしでマルタに入国したこの僕が今ではマルタでちゃんと生活を営んでいる。

留学する際にあたって、ほとんどの人が一番気になるのは「金銭面(特に誰からも援助を受けず自費の場合は)」という事になるだろう。

そして次が「語学力」という事になるのではないだろうか。

僕の場合、文法の勉強は中学・高校まではそれなりに勉強していたものの、大学・社会人となると共にその「財産」も少しづつ失われていった。

お尻に火がつかないと動かない性格は自覚しているのだけれど、英語の勉強は遂に出発するまでまともにはしなかったダメ男である。

そして英会話の練習なんて一度もやったことがない状態でここマルタにやって来た。

留学をするにあたって

「ある程度勉強してから」

と考えている人もいるかもしれないけれど、実際僕がマルタに来てみて、僕と同じような状態でここに乗り込んで来た人も多い。

もちろんある程度英語力を身に付けてから留学するのがベターというのは間違いない。

けど、「英語力が全くない」というのは留学を躊躇う材料にはならない(はず)。

で、丸1ヶ月経ってどうなのかというと、まあ間違いなく多少なりとも成長はしているようではある。

授業でやる文法に関しては、ほとんど一度中学・高校でやった内容であるから記憶の片隅には残っている。それを再び思いだす作業。

だから僕は授業の文法はもちろん、先生の「言い回し」にも注意を傾けている。

先生がどういう言葉を使って、そしてどういう文法的な表現を使って授業を成立させているのか…先生の「言い回し」は間違いがないだろうから。

これは僕のスピーキングに生かされている。

ただし、まだまだリスニングの方に難がある。

リスニングテストのスピードについていけない。ボキャブラリーが少ないのも一つの原因だし、まだ1ヶ月だからそんなに焦る必要もないのかもしれないけれど。

僕らのクラスはまだ下の上くらいだから先生の言い回しもかなりゆっくりだし、留学生同士の会話だって、簡単な英語で行われるから普段の生活ではおおよそ問題がないけれど、例えば今の状態でイギリスに旅行したのならまだまだ苦労しそうな状況だ。

ちなみにほとんどマルタ人も当然ながら英語を喋るが、さすがにメインはマルタ語だけあってたまに僕も気づくような文法ミスをする。

この間はホームキーパーが

Did new student came here?

と聞かれたが、文法的に一つだけ間違えている。

Did new student come here?

が正解(だよね?)。

だからマルタ人も皆が皆、流暢なBritish英語を話せるわけではない。彼等はあくまでアラビア語とよく似たマルタ語を日常の中で使っている。

だから、マルタ人同士の日常会話は僕には全く理解できないけれど、その「抑揚」の雰囲気だけは耳が馴染んできた。

だからマルタは「何から何まで英語まみれ」という場所ではないことは確かだ。

例えば、アメリカやイギリスに行けば店員同士の会話も全て英語(おそらくは文法的にも正しい)。それがマルタではそうはいかない。

ここで英語を学ぶのが「目的」か「手段」かという問題が出てくる。

英語を学ぶのが「目的」の人にとってはマルタという場所はイギリスやアメリカと比べてベターとは言えない。むしろ物足りないと感じる人もいると思う。

但し、僕の場合は「手段」である。いろいろな国の人とコミュニケーションを図りたい、いろんな文化を知りたい、海外で生活を営んでみたい…それらを叶えるための「手段」として僕にとって英語が必要だ。

そう考える僕に取って、付属的な理由…気候、海、なんとなく…も非常に大切だ。

それによくブログで書いている通り、僕の通う「EC Malta」は日本人が多い。約40人程いる。おそらくはマルタの語学学校で日本人の数が一番多い学校だ。それに日本人スタッフの方もいるし。

そうなると日本人の友達も出来るのだけれど、お互いの会話はほとんど日本語になる。

それは自分の英語の成長の妨げになることは重々理解している。

しかし、だからと言って日本人を避けるわけにもいかない。ちなみに日本人男性は非常に少なく、未だに一人も友達と言える日本男児はいない。日本での僕と反して、ここでは日本人の友達全員が「女」友達である(とは言っても一ケタだけれど)。

少なくとも僕の留学生活の滑り出しは彼女達のおかげで順調にいった部分もあるし、彼女等と話をして、いろいろな考えを聞いてみるのも人生勉強の一つだ。

日本人留学生の年齢層はヨーロピアンに比べれば若干高めで、僕でも少し若いくらい。

日本人留学生のほとんどは一度社会人になり、お金を貯めて自費で来たパターン。

だから皆、自分の考えを持っているし、個性がある。

彼女達と話をしていろんな価値観を知るのも、外国人と話をしていろいろな文化、そして同じく価値観を知るのも僕にとってとても大切な事。

あくまで僕にとって英語は「手段」だから。

しかし、安くはない費用…いやかなり高額な費用で1年間という留学生活を送るのだから英語を習得しなければならないのも事実。

一番初めの授業の際はまったくついていけず、凹みまくった僕だけれど、今やクラスでは「出来る方」と思われている。しかし、やっぱりこれは日本の文法中心の英語教育のおかげで授業内容自体には「強さ」を発揮できるから。

しかし「実戦」の方もここの所、少しは力が付いたかな?という実感もある。

何せ最初の方があまりに酷かったから。

ただ、まだ頭で一度翻訳してから喋っているので、自分の気持ち・考えをダイレクトに英語で喋れるようになるレベルに達したい。(あと11ヶ月弱の留学生活でそこまで行けるのかな?)

今の段階では、日本語で言いたい事を一度イメージしてそれを英語にする…といった感じだ。ただ、来た当初に比べればボキャブラリーは嫌でも増えてるし、頭の中での英語の「検索スピード」もまあ上がったんじゃないかと思う。

来週は「レベルテスト」なるものがある。結果が良ければ上に上がれるらしい。

1ヶ月前、全くついていけず、レベルの下げてもらうようをお願いしようか迷ったこの僕が今は上がれるチャンスがあれば上がろうと思っている。

正直、今クラスのみんなのモチベーションがなぜだか落ちていて、このままだと足を引っ張られそうな気がしている。だから、今の授業はもはや物足りない。

クラスのみんなは好きだけれど、僕はどんどん上を目指したい。

ここ最近は友達からも褒められる事が本当に増えた。先週あたりどうやら僕は成長したらしい。

「豚も煽てりゃ木に登る」

のだ。これからも成長していきたい。


そして、明日は祝日だから今日が最後の生徒もいた。

そんな中の一人トルコ人のナゼ?(ナジ?)。スペルはおろか名前もよく知らない。

…がもちろん僕の名前は彼は覚えている。なんせ僕の名前はトルコ語で「テーブル」だから。

P1020260.jpg


いつも僕がビーチクラブに行くといた彼。元々はALEKSANDERのクラスメイトだった。

いつも会うとニコッと笑い、僕に気付けば「Masa!」と呼び止めてくれた。

本当に人柄が溢れ出ているこの風貌。

さて何歳だと思います???

答えは…


僕の父親くらいの年齢かと思いきや…。

29歳…。ほぼ同世代…。

トルコ人の奇跡。

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Fabrizioがやってきた!

前回の記事で病気になったと書いたのだけれど、病名はもちろん「風邪」

状態は平行線といったところ。やっぱり朝が一番きつい。

そして今、マルタはかなり暑い。

以前

「さほど暑さは変わらない」

的な事を書いたのだけれど、訂正します。僕が間違ってました。すみません。

昨日はどうやら40度あったらしく風までも熱風。

そんな状況下で僕の部屋にはエアコンなし。

でも、良いのか悪いのか僕の部屋には一切日差しが差し込まない。

先週マルタを去ったJOELも

「ここは1年間同じ温度だ」

と冗談を言ってたくらい。

だから夜は扇風機すら使わずに寝る。朝起きた時の汗はものすごいけれどいたって健康的な生活である。(風邪は引いたけれど、飲みすぎから体調を壊したのが主因だと思う)

雨も3週間以上降っていない。ほぼ毎日快晴という状態である。

そして僕のNew Flatメイトだけれど、その名も

Fabrizio(ファブリツィオ?ファブリチオ?)

いつも呼ぶ時はあやふやにごまかしながら読んでいる(それが一番あってるのかもしれない)。

彼は20歳のイタリアンパート出身、ジャーマンパート在住のスイス人。

イタリア語、ドイツ語はもちろんフランス語と英語も話せてさらにスペイン語もちょっと出来るらしい。はぁ~(おっさんの溜息)。

とりあえず「いい奴」であることに間違いは無さそう!

逆にAleksander程の親しみやすさもないのも確か。っていうかやっぱりAleksanderは特別だったのかな。

でもFabrizioも話した限りいい印象であることは確か。

彼は2週間だけの滞在なのだけれど、せっかく一緒のFlatになったのだからこれから短い期間でも仲良くなりたい(実際早速彼のチューリッヒの住所はゲットした)。

ヨーロピアン好きの方達のためにも彼の写真は後日UPしたい。

予告しておくとなかなかのナイスガイである(話す時の感じとか含めて非常に紳士的だし)。

今週末は3連休だから

「土、日のどちらか一緒に遊ぼうよ!」

と彼の予定を早速ブッキングした。

余談だが、また昨日コリアンの申が暴れた。もうホントに彼の酒癖の悪さにはまいっている。

昨日なんて僕ともう少しでFightになりそうだったくらい。

僕は平和主義者だ。暴力なんて大嫌い。でも昨日ばっかりは覚悟を決めた瞬間もあった。

自分をかばうわけではないけれど、僕は何一つ悪くない。とにかく彼は酔っぱらうと手が付けられない。

正直な気持ち、もう2度と一緒にお酒は飲みたくない。友達だからこそ彼も彼自身の姿に気付いてほしい。そうじゃないと僕の心もどんどん離れていく。

さて、こんな話題で記事を終えたくないので最後に一言

新しいFlatメイト(Fabrizio)が(多分)「当たり」で本当に良かった。

Flatメイトにさえ恵まれれば、DRAYTONの古さや汚さも気にならない。

それに夏は涼しいし。以外に快適かもしれない…DRAYTONルーム1…。

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このブログを読んで下さっている全ての皆様へ

遂にこちらにきて初めて病気になりました。

まだこじらせるところまではいってないものの、ちょっと体がダルいです(特に朝は)

医者には頼りたくないので(ここは外国ですし)日本から持ってきた薬で凌いでいます。

何で今回デスマス調かといいますと、今回の記事は大半が読んで下さっている方に向けてのものだからです。

ここ最近このブログも友人や知人以外の方からもメッセージを頂くようになりまして、何か恥ずかしいやら、嬉しいやら…という感じです。

最近も全く知らない方から2つほどメッセージを頂きまして、その内容の詳細はご本人も僕だけが読める形で書き込まれていたので明かせませんが、一つはこのブログが参考になっているというもの、そして一つは更新を非常に楽しみにしていただいているという、2つともブロガー冥利に尽きるものでした。

それでもおそらくは読んで下さっている方の大半は僕の「身内」だと思うのですが、何かしらのワード…恐らくは「マルタ 留学」あたりで検索して…僕のブログに辿り着き、愛読!?されている方も少なからずいると思いますし、そういう意味では書き手としての責任も感じます。

最初は「自分のため」と思い書き始めたこのブログも書き始めて3ヶ月以上が経ちました。

もちろんこの先もずっと…出来れば帰国後も書き続けていきたいとは思っています。

将来、僕が再就職したり、いつの日か結婚したり、そして自分の子供が出来たり…はたまた初孫が出来たり…そうした人生節目の時に客観的に過去の自分を振り返るには過去の記事はきっと僕にとって貴重なものになると思います。

それに、以前にも書きましたが、こうして自分の海外での日常を記すことで、嫌な事も「ネタ」の一つになるわけですから、少なからずこのブログは僕自身に今現在も好影響を与えてくれています。

さて、このブログの存在を自分の周囲の友人や知人に知らせた直後から感覚的に「書かされている」と感じるようになりました(ほとんどの人は僕の更新を期待してはいないのでしょうが)

読まれることを意識するということは、常に新しい情報を発信し続けなければならないという一種の「焦燥感」に繋がっていきます。

しかし、インターネットという不特定多数の人の目に触れてしまう世界の中で自分の人生を「見世物」にする事を選んだのは紛れもなく僕自身です。

仮に不特定多数の人に読まれたくなければ、会員制ソーシャルネットワーキングサイトM○X○等に書けばいいですし。

「焦燥感」も僕なりに楽しまないといけません。

実際

「僕の同級生はどういう気持でこのブログを見ているのだろうか…?」

等と考える事は楽しい事です。

現在留学している、または過去に留学した経験のある日本人は数十万人もしかしたら百万単位でいらっしゃるのかもしれませんが、それでも世間一般では「少数派」です。

僕も22歳で初の海外旅行に行くまで1度たりとも「留学したい」なんて思ったことはありませんでした。

そんな僕が今現在は「地中海のへそ」とも言われる小さな島国で留学生活を営んでいて、数々の「外国人」とコミュニケーションを取り続ける毎日なのです。

そして日本から遙かに離れたこの土地で、日本では考えられない経験を積んでいる(はずの)僕の姿を友人たちはこのブログを通して、どういう風に感じているのか…?

その答えは人それぞれなのでしょうが、友人や知人そして全く僕の事を知らない人までもが僕のブログを見て、僕の生活ぶりに少しでも興味を抱いてくれるなら嬉しい事です。

自分がエンジョイする事が一番大切とはいえ、誰にも興味を持たれない留学生活なんて送りたくはないですし。

僕のような小者に聞きたいこと等がある方はコメントをいただければ僕の知ってる範囲・答えれる範囲で回答しようとは思います。

コメントの際には「管理者にだけ表示を許可する 」にチェックをしていただくと僕だけにしか見えないように書き込むことも可能です。

その際はメールアドレスを教えていただくと助かります。

僕が「管理者にだけ表示を許可する 」で回答するわけにはいきません…。

とにかく僕ごときのブログを読んで下さっている全ての人に感謝します。

やっぱり読んで下さるがいてくれてこそ、「甲斐」がありますから。


追伸

ブログに時々登場する英語はもちろん、日本語の誤字脱字もたくさんあることは自覚しているのですが、修正はなかなかしていない状態です。

「それは間違ってんぞ~」

というものがあればご指摘ください。間違った英語・日本語の発信源になってしまうので…。




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ここはトルコか!?

親しくしていたFLATメイトが全員去った今、僕の一番の頼りはクラスメイトのKORAYとなった。

今日も彼とその他のトルコ人5人と共に行動を共にした。

親しくしている日本人はチュニジアに旅行に行ったり、アクシデントに見舞われて病院に入院していたり…(昨日お見舞いに行ったけど元気そうにしていた。2、3日で退院するらしいけれど、まさかマルタの病室に足を踏み入れることになるとは思わなかった)

僕にとっては日本語を喋りたくても喋れない状況…僕の英語力の向上にはいい条件となっている。

もちろんトルコ人同士は当然トルコ語で話すから、アウェー感満載である。

仮に

「こいつを最終的には殺してしまおうぜ~」

とか言ってたとしても、僕にはそれを知る由もない。

日本人が周りに全くいない状況は少なくはないけれど、集団でポツンと一人だけ日本人という状況は実は珍しい。

しかも僕以外みなトルコ人。

海沿いのセントジョージというところに小~中規模のショッピングモールみたいなものがあって、そこで洋服を中心にトルコ人と共に物色…。

洋服の値段も日本とさほど変わらない。UNIQLO程安いお店は存在しないけれど、安く買い物をしようと思えば、シンプルなTシャツなら1000円以下で買える。

ここでまたまた話を逸らすと(最近よく横道に話題が逸れる…)日本のUNIQLOは100円SHOPと同じく非常に貴重な存在だと思う。

1~2年前まで10年以上足を踏み入れることのなかったUNIQLOだけれど、ここ最近は僕も現実志向が強くなって、「安くてもクオリティがそれなりのものを!」とか考えて、靴下や下着、シンプルなTシャツはUNIQLOで十二分だと思うようになった。

本当に日本製品の品質、流通システム、そして店舗でのサービスととても優れた国だと思う。

話を戻して…結局皆買い物らしい買い物はしなかったのだけれど、KORAYとは

「安いお店がいいよね、なんせ僕ら学生だし。服が欲しくなったら一緒にここに来ようぜ」

というところで意見が一致した。

そんなこんなで一旦解散し、久しぶりの自炊(最近は誰かが作ってくれたり(大概コリアン)が多かった)をした。

今日は「適当スパゲッティ」と「もやしのバター炒め」。そしてJOELが残していったビールのCISK(500ML)

しかし、マルタに来てからというものかなりの割合で飲んでいる。9割方飲んでいるだろうか…。一切飲まない日が相当珍しい。

アルコールの種類でいうとビール8割、ワイン2割というところ。

それ以外のアルコールはほとんど飲んでいない。結局日本からも一切お酒類は持ってこなかったので、芋焼酎が恋しい日々が続いている。

その後はまたKORAYが今日マルタを去ったジャンス(結局スペルを聞かずじまい)と共に僕の部屋を訪ねてきた。本当に彼は最近僕と親しくしてくれている。

ジャンスもトルコ人なのだけれど、独特の雰囲気を持った20歳そこそこの女性。

いつも学校の外で会うとKORAYが横から

「セニセビュールムって言え」

と言うのだ。

ちなみにトルコ語の「セニセビュールム」とは英語の「I Love You」

しょっちゅう、KORAYにジャンスに向かって言わされていたから僕も覚えてしまった。

最後にジャンスとちょっとしたお別れ会を開くべく、酒屋に行くと僕がマルタに来て2日目にWelcome Drinkなるイベントで同席だったオズラン(こちらもスペルを聞かずじまい)がいた。

彼女も今日トルコに帰った29歳の既婚の女性。

実は僕は海外で生活するにあたって、自分の名前をFirst Nameの一部から取って「Masa」と名乗っている(日本ではFamily Nameの一部(竹)を文字ってニックネームで呼ばれることがほとんどだったけれど)。

少なくともMasaの方がTakeよりも覚えてもらいやすそうだし(ヨーロピアンに同じような名前のF1ドライバーもいるし)そもそも、こちらではFamilyネームで呼ばれている人は圧倒的に少ない。だからMasaと名乗っている。

実はこの「Masa」はトルコ語で「テーブル」の事を言うらしい。だからトルコ人が僕の名前を覚えるのがやたらと早い。発音は「マシャ」らしいが。

今日オズランに会った際も

「日本人の大半は最後に「コ」がついてすごく覚えづらいわ。でもMasaは覚えやすかったし、あなたの名前は好きだよ」

と言ってくれた。ちなみに僕の通う学校はおそらくはマルタの語学学校では日本人の数が一番多いと思うのだけれど、女性に比べて男性の数がかなり少ない。割合にして男:女が1:9~2:8くらい。

だから日本人の大半が最後に「子」がつくと言われるは納得できる。

そして、記念撮影をしていただいて…

P1020254.jpg


左からジャンス、冴えない日本人、オズラン。ちなみにカメラマンはKORAY。

彼女らは既にマルタを去ったが、例えばこれがALEKSANDERやJOELなら結びつきが強いし、お互い連絡先を知っているから「いつかまた会えるかな」って思えるけれど、オズラン、ジャンスの場合は限りなく100%に近い「永遠の別れ」なのだ。

そう思うとかなり寂しいものがある。でもここではきっとそういう別れの連続なのだ。

そして、その後ジャンスのマルタ最後の1~2時間をジャンスのFLATのベランダでKORAYと遅れて参加したクラスメイトOMERと僕の4人で過ごした。

これまた僕以外トルコ人。そして別れの時。

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トルコ人3人衆。KORAYにはジンベエを着せて…。

そして彼女はトルコの首都、アンカラへと帰っていった。

KORAYは本当に辛そうだった。

で、なぜか彼女が昔使っていたらしい腕輪(タダの紐なんだけれど)を僕の腕に付けてもらったんだが、これって寝る時も外せない…(よくわからない結び方)。

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ま、最後の最後で少しだけ仲良くなったジャンスだけれど、この状態では一番思い出す回数が多そうである。(外す(切る)わけにはいかないし)

さて、そんなこんなしている間に新しいFLATメイトがやってきた。

まだ30秒くらいしか喋ってないから、あす以降いろいろ聞いてみたい。

とりあえず、僕より若いのは間違いなさそう!

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そしてJOELが去って…

僕のFLATメイトだったJOELがマルタを去った。

僕のFLATは5階建ての建物で、まず玄関のドアが一つあってさらに部屋が建物内で8つ存在する。

僕の部屋番号は1だから1階にある(こちらの1階は実際には日本の2階)のだけれど、ということは僕はおそらくは学校で一番近くに住んでいる生徒という事になるのだろうか。
部屋に入るにはさらに鍵が必要だから、僕の鍵は2つある。(玄関用と部屋用)

部屋の中はバスルームとキッチン、そして寝室が2つあり各部屋にベッドが2つずつ置かれている。

僕が来た当初はJOELが1つの部屋に一人で住んでいて、もう一つに部屋に僕とALEKSANDERがいた。

ALEKSANDERが帰ってからは各部屋に僕とJOELが一人ずつで2人で住んでいた。

ちなみにJOELはツインで申し込んでいるにも関わらず(シングルだと当然値段が倍近くする)実際相部屋の状態だったのは3ヶ月で1週間だけだったらしい。

僕がMALTAに来た時からずっとFLATメイトだったJOELが去った今、一晩だけ一人きりの状態になった。

今日(6月24日)、新たにスイス人が来るらしいけれど、19時半現在まだ来ていない状態である

それにしても、JOELもいい人だったなぁ。

とにかく優しく、誰に対しても親切で、みんなに好かれる人格の持ち主だった。

フレンチパートのスイス人だから、フランス語はもちろん、父親の故郷であるイタリア語も完璧に使いこなし、ドイツ語と英語も話せる…(本人はドイツ語と英語はso-so(まあまあ)だって言ってたけれど)とにかくクレバーなJOEL。

そして、一ヶ月一緒のFLATに住んでいても、何一つ欠点が見当たらなかった。

DRAYTONというボロアパートで安心してここまで暮らしてきたのも彼の存在がとても大きかった。

歳も僕より3つ上だから、僕にとって兄のような…そして師匠のような存在だった。

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最後に2人で撮った写真が逆光とは…。

そしてDRAITON前で見送りに来たメンバーと共に…。

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なぜだかみんなアジアンである。

ちなみに一番前で写っているのが以前記事の中で書いたコリアンの申(シン)

彼は1980年の4月生まれだから僕と同い年。

昼間は凄くいい奴なのに、夜飲んでると突然「堅気」の人間でなくなるちょっと危険人物。

実際、マルタで5回ほど警察のお世話になっているらしい…(本人談)。

かなり僕に親近感を抱いているようで、最近よく一緒にいるのだけれど、彼はもう海外生活を1年半ほど続けていて、英語はかなり出来る。

以前の記事で書いた、プロのヨーロピアンモデルとも得意の英語で説得し、写真に一緒に納まっていた(最初は許可がないと写れないとかで断られていたのに)。

彼の背中にはデッカイ鯉のTATOOがあって

「日本に行くとヤクザだと思われるかな?」

なんて言ってた。実際のところ8割方の日本人は普通じゃないと思うだろうが、TATOOを入れている、ないしはマルタでTATOOを入れるコリアンは案外多い。

もちろんヨーロピアン、特にマルタ人がTATOO率が高い(気がする)。

そんな申だけれど、昨日の夜も一緒に飲んでいて、また人格が変わって…。

「今日はそんなに飲まないから…」

とか言ってたのに、結局は手を付けられなくなるから困ったものだ。


話をJOELに戻そう。

別れ際にはJOELも申に

「Hey!! crazy boy!」

と冗談半分で言っていた。

JOELもこんな事言うんだなと最後の最後で知って、ちょっとドキッとした瞬間だった。

そして、彼をピックアップする車が来て、彼を乗せて…。

先週のALEKSANDERとSHABANとの別れは空港まで行ったから、ある程度寂しさは軽減されたけれど、今回は車に乗って手を振りながら去っていく彼の姿を見てジーンとくるものがあった。

そして、僕がDRAYTONのルームナンバー1の古株になってしまった。

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2週間前までみんなで一緒に過ごした生活も、幕を降ろした。

そして、これからも出会いと別れの連続。

次来るスイス人も2週間でいなくなるみたいだし…(まだ来ないけれど(20時も過ぎたいつ来るんだ!?僕は23時の到着だったけれど))。

とにかくALEKSANDER然り、JOEL然り僕は素晴らしいFLATメイトに出会えた。

これからもいろいろな人に出会うだろうけれど、やっぱり最初に親しくなった人達のことは一生忘れないと思う。

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See you agein!! JOEL!!

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遂に1ヶ月!!

タイトル通り、僕のマルタ生活も1ヶ月経とうとしている。

1ヶ月と言っても、学校では4Weeks=1Monthとカウントするから実際には1ヶ月弱。ってことは僕もマルタには6ヶ月といいつつ実は5ヶ月強の滞在ということになる。

ここで学校のシステムを少し紹介すると、仮に1週間「海外」旅行に出る場合、その分を後ろに回したり、最後の数週を週30時間の授業(僕は普段は20時間)に変えることが出来る。

ってことは僕が海外にふらっと行く度に、もしかしたらマルタの滞在期間が延びるかも…という事。でもその場合、授業は後半に回せても、家賃は余分に払わなければいけない。

さてさて、先週から学校の方も夏季となり料金もvery expensive(とても高い)になったので、かなり入れ替わりの激しい時期を迎えている。僕が来た頃にいた生徒も先週、今週、そして来週あたりでかなりの人が帰ってしまう。

そしてFLATメイトのJOELも明日マルタを離れる…。

先週ROOMメイトのALEKSANDERが去ってからというもの、僕の部屋には僕一人。

良くも悪くもSINGLE状態。

プライベートが保たれるという意味では1人は快適だし、英語力の成長という意味では部屋に一人はあまり宜しくない。

難しいアンバイだ。

そして、近代日本で生きてきた僕が、携帯なしでこの1ヶ月を乗り切った。

この1ヶ月の通信費、0円…。

実家等への電話連絡は学校のインターネットカフェからSKYPEで済ませた。

実際のところ、携帯のない生活がこんなに快適なものかと実感しているところである。

これといって、特に必要性を感じないし(住まいが学校からかなり近いのが主因かな)、家でゆっくりしたい時には誰にも邪魔されず、それが出来る。

まだ長いことマルタにはいるから、必要性を感じたら持つつもりではいるけれど、この小さな島国…そして日本人以外とはまともにコミュニケーションが取れない状態では必要ないかな~なんて思っているところ。


生活費の方はおそらくは週8000円~9000円くらい。これはもちろん家賃、授業料を除いてある。あくまで食費や遊ぶお金だけ。

家賃、授業料を含めれば週40000円くらいってところ。

一番安く留学したければ、自分でアパートを借りて友達とシェアするのが賢明だと思う。ただし、これはあくまでマルタの場合。

アパートに住む弊害は、学生アパートに比べて人脈が広がりにくそうなところ。

アパートを借りて長くそこに済むと、SHAREメイトも長く一緒にいることになるだろうから、人付き合いが画一化される怖れがある。

学生アパートなら、どこからともなくやってくる学生とSHAREメイトにならなければならない。

現にJOELが去った後、僕のFLATには新たにスイス人がやってくるようだ。ちなみに僕の部屋には来週も僕1人の模様。嬉しいやら寂しいやら。

ちょっと話を逸らすと、次のFLATメイトがスイス人でちょっとホッとしている。

まだどんな人なのか…そして年齢もわかっていないけれど、スイス人は基本的に悪い人はいない気がする(JOEL然り)

逆にトルコ人やロシア人だと、もちろんいい人がほとんどだけれど、若干問題を抱えてしまう可能性もちょっと感じでしまう。

とにかく、いい人であることを祈る…。

話を戻して、学生アパートは一種の「スリル」を味わうことが出来る。自分でFLATメイトそしてROOMメイトを自分で決められないから。

ただし、自分でアパートを借りるよりも2倍くらい高い(はず)

あくまで主観でメリット、デメリットを挙げてみたけれど、僕は学生アパートに6ヶ月滞在が決まっているから、これが自分の運命だと思って楽しもうと思っている。

さて、最初のROOMメイト、ALEKSANDERが去った今、クラスメイトのKORAYと「つるむ」事が増えてきた。彼は同時期にコースを開始・終了する僕にやたらと親近感を抱いている。
この間も、彼のFLATと同じ建物の別の部屋の日本人(マルタでは大きな建物に一つないしは複数の玄関があって、さらに部屋に入るのにドアがあるというのが一般的)の部屋に遊びに行っていたところ、そんな僕をKORAYが見つけて、僕等全員彼のFLATに押し掛けることになって…。

合計14人(日本(男1人・女2人)、韓国(男1人・女2人)トルコ(男6人、女1人)スペイン(男1人))の状態で…

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こういった突然の集まりも人脈を広げるビッグチャンスなのだ。

しかし、外国人の名前を覚えるのは容易じゃない…。

KORAYは本当に僕に良くしてくれる。気持ち悪いくらい。むしろ、僕を最終的にだますためのプロセスかもしれない…などと考えてしまう。

でもホント「軽い」から何が本気で何が冗談かが未だに…そしてこれからもわからないと思う。

そして、今日金曜日の夜は僕の通う学校の生徒がなぜか!?集う場所NATIVEへ。ここもINSIDEは一種のディスコみたいなもので、僕は好きじゃないのだけれど、OUTSIDE(バルコニー的なところがある)はうるさいながらも会話ができる、マルタ一の繁華街Pacavilleでは貴重な存在。(ディスコみたいなところばっかりだから)

で、なぜか僕の座った席の隣にMODELの集団がいた。

少なくとも10人はいたと思うけれど、それもまた日本では見れない光景。

日本ではテレビの向こうでしか見たことのない「異性」。あそこまで行くともう「彫刻」である。

スタイル抜群、顔は小さい、背は僕より高かったりする…(僕は177CM)

すぐ近くにいても「現実味」のかけらも感じない。とにかくBeautiful…。一体どんな人が旦那になるわけ!?


さてさて1ヶ月経ってみての、僕の英語力だけれど、実感出来るほど伸びているかというと、自分ではなかなか実感できていないというのが本音である。

しかしながら、確実に英語を喋る「度胸」だけは座った…って感じ。

もちろんボキャブラリーは少なからず増えてきている。

JOELは

「確実に成長しているよ!」

と言ってくれる。

僕の発音は凄く悪いと自覚しているし、僕の話を聞き返されることもかなりあるけれど、最近は少し褒められる事も出てきた。

半年後の自分を見てみたい気もする。


僕のマルタ生活は4週が過ぎ…ってことは6分の1が終了したって事。

ここに来て自己紹介程度に挨拶を交わした人の国籍は依然書いた16カ国にプラスして、カザフスタンとリビアが増えたから…18カ国。

先週ALEKSANDERとSHABANがいなくなって、僕の留学生活の序章が終わった気がしていて、今は第2章の途中といったところ。

帰国は来年だからなぁ。今のところ、半年のマルタ生活を終えた後はEnglandに渡って2~3ヶ月英語の学校に通うつもりでいる。あくまでも「つもり」だけれど。

それにしても本当に日本の居酒屋とお風呂がかなり恋しい今日この頃である。


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近況あれこれ

最近、正直なところこれといったネタがない…。

良くも悪くもマルタでの生活が日常化してきたって感じ。

当然毎日ヨーロッパ人を嫌というほど見ているから、それが当たり前になってきた。

学校は「夏季」に入って、きっとこれから2~3ヶ月入れ替わりの激しい期間が続く。

最近はビーチクラブ(ホテル所有の屋外プール)に行く回数も増えてきた。なんてたってタダだし、それに暑くなってきたから。

それこそ、日本では見ることのできない光景が広がっているし、たまに大胆な…人(ご想像にお任せします)も見かけるけれど、あまりに「オープン」すぎると「セクシー」じゃないこともここに来てわかった。

そんな光景にも慣れてきたのはいいが、逆に日本に帰ったとき酷く閉鎖的な国に感じないかがちょっと不安。

夜は友達の誘いがあれば外出する。なんてたってEveryday暇人だから。

この間はクラスメイトのKORAYとOMERとかと飲みに行った。

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後ろに立っているのがトルコ人のクラスメイトKORAY。彼ははかなりのお調子者。学校ではそこら中の女の子に話しかけるのが彼の特徴。とにかく彼は「軽い」のだ。

でも、全然嫌味がない。見ていてとても面白い。一言で言うなら「ヤサオトコ」

それに根はかなりいい奴(だと思っている)で僕と入学時期もコースの終了時期も同じだから、いつも親しくしている。

隣に座っているのがOMERで彼もクラスメイトでトルコ人。かなり真面目で優しい性格の持ち主。この席の飲み代も彼が奢ってくれた。

彼らと共に僕も英語力を上達させないといけない。

数日前にはこちらで初の停電も経験した。それにキッチン水道はHOTな水しか出なくなって…。

こちらではそれほど珍しい事ではないようだけれど、マルタが云々というより、きっと日本が便利すぎる国なんだと思う。

それに、そういったハプニングが起きるたびに徐々に僕のボキャブラリーも増えていく。
例えば停電ならBlackout。「ハプニング=ボキャブラリーを増やすチャンス」なのだ。

そして昨日は同じDRYTONに住むコリアン申(シン)等と首都Vallettaに行った。今回はバスを途中のSliemaの街で降りて、そこから船で向かった。

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海上から見るValletteもまたいい。

ちなみに乗船のお値段は40C(160円)

そしてVallettaの街並み…。

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いかにもヨーロッパ~な感じ。

その後は家に戻って申の作ってくれたコリアンフードを食べながらお酒を飲んだのだけれど、飲んだ量がかなり多くって、申の人格が変わって…。

も~大変。かなり酒癖が悪い。昼間の彼とは別人。

そんな状況下でも英語でもって彼を諌めないといけない。しかも僕も結構お酒が入っている状況で。かなり過酷…。

そして、今日起きたのが朝の10時。1時間目は欠席してしまった…。初の欠席…。

反省して、明日からまたちゃんと学校に通おう。でも「二日酔い」「寝坊」等のボキャブラリーがまた増えた。褒められたものじゃないけれど…。


さて、このブログは友人は知り合い以外の方からもコメントを頂くようになり、またFC2のブログランキングでも留学部門でTOP10とかに入るようになった。

「自分のため」に書いているはずが、他人に読まれることもかなり意識しながら記事を書かなければいけなくなった。

でもこれからもずっと大そうな記事は書きません!

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マルタの実情!?

ここでだいぶわかってきた(つもりの)「マルタ共和国」に関して書いていきたい。

一番生活する上で気になるのは「物価」

こちらの通貨はLM(マルタリラ(ポンドと言うことも多い))

今のレートは1LM=400円弱。

マルタを紹介するサイトでは310円とか340円とか380円とか書かれているけれど…でも実際のところ400円ってのが本当。

バス代(物価に含まれるかは?だけれど)はvery cheap(安い)

首都Vallettaへなら20C(セント)(1LM=100C)だから日本円で80円。ちなみに所要時間は20~30分くらい。ただ、かなりオンボロだったり、あとはエアコンが付いていない。だから日本の路線バスに比べればサービスは数段劣る。

お酒はワインやビールなら日本より安い。

日本酒を置いてあるスーパーマーケットもあるけれど、さすがにあり得ないほど高い。

マルタ産のビールに「CISK(シスク(チスク?))」というのがあって、僕の住まいの目の前にある売店RITAで500mlが40C、日本円で160円。ただし冷えていない。

ちなみにこのCISK…味は結構イケる。決してcheapな味ではない。

ワインも安いものは1LM以下のものからある。

あとはパンやマーケット(市場)で買う野菜も安い。

逆に電化製品等の「贅沢品」は日本より高い。Nintendo DSなんて日本の値段に比べてはるかに高かった。

一つ日本がはるかに優れている点は「100円SHOP」こちらの通貨でいうと「25CSHOP」という事になるのだろうけれど、100円SHOPに置かれているような商品もこちらでは普通に1LMくらいする。

日本の「100円SHOP」は非常に画期的な存在なのだ。

正直なところ物価に関しては、生活する上では日本(福岡)とさほど変わらないというのが僕の実感だ。

そうそう、家賃はおそらくは日本(福岡)より安い。でも6ヶ月学生アパート暮らしが決まっている僕にはあまり関係のない話…。

気候はかなり良好。6月の初めにもの凄い土砂降りが降ったけれど、どうやら92年ぶりの6月の大雨だったらしい。

こっちにきて雨が降ったのはそれを含めて2回ほど(3週間強の間で)あとはほとんど青空の広がる気持ちのいい天気。おかげで僕の肌も真っ黒。

気温は日本とさほど差は感じない。徐々に暑くなってきたけれど、それは日本も同じこと。

マルタの「人」なんだけれど、特別いい人が多いとも、悪い奴が多いとも感じない。

ただ、数年前にマルタで中国人がマルタで立て続けに悪さをしたとかで…中国人に対して多少なりとも「偏見」がある。

ヨーロピアンからすれば僕ら日本人も同じ顔だろうから、ちょっと困る。

実際歩いていて

「チャイニーズ!」

と茶化された経験のある日本人も多い。それに幼い子供は僕らアジア人の顔をみると「チャイニーズ?」と言う事がある。

アジア人=中国人というのがどうやら根付いている。

でもこれって、僕らが幼かったころの外国人=アメリカ人と同じ感覚じゃない!?…という話を友達がしてて、なるほどなと思わされた。

他にはサッカー事情の方はまだ掴めていない。

リーグもあるらしいけれど、まだ見ていない。ただ、元英国領でありながら、マルタ人が好きなのは隣国のイタリアらしい。


…という事で思いつくところでマルタの実情を書いてみた。

僕もマルタという国に慣れてきた。

この間なんてバスの運転手が、乗用車と「やり合って」いた。クラクションを鳴らし、背後にベタ付けし、エンジンをふかし、窓越しに怒鳴り…。

そもそも乗用車が無理やりバスを追い越したことが原因なのだけれど、それにしたって日本では考えられない光景である。

しかしマルタでは「アリ」なのだ。

「郷に入れば郷に従え」

僕はここに旅行に来てるわけでなく、ここで生活をしているのだから。

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最近の僕

祖国日本を発って3週間が経った。

それまで26年間実家暮らしで10日以上実家を離れたことがなかった僕が、今はその記録を更新する毎日である。(最終的には360日前後実家には帰らないだろう)

こちらの生活にもだいぶ慣れた。

1発…いや2発「Crazy Boy」に襲撃された以外は極めて順調なマルタライフである。というか先日のコミノに行く途中に襲撃された件に関しては未だにかなり根に持っている状態である。ま、いいけど…。

最近では自炊をすることも増えてきた。

玉ねぎのみじん切り、トマトのスライスはもちろん包丁の使い方すらまともに知らなかった僕も、いろいろな方から手ほどきを受けて四苦八苦しながら調理している。

今まで実家暮らしで生きてきた僕が、自分が食べていくために現状ではいろいろと覚えなければいけない。

当然、皿も洗わないといけないし、洗濯もして自分で干して…当たり前だけれどこれまでほとんどしてこなかった事を今はやらなければならない。

英語に限らず、いろいろ学ぶことが多い毎日。

もし仮に留学せずに結婚してたりしたら、定年後に捨てられる亭主になっていたかもしれない…。

1年の留学生活を終えてみれば、仮に捨てられたとしても自分一人で生きていく力がついているのかな。

そう考えると、今の生活は英語力以外にも生活力を身につける大きなチャンス。

こっちに来てからの変化は、体重が「おそらく」減ったこと。ベルトの穴1個分こちらに来てウエストが細くなった。

大概の人はパスタとパン中心の食生活で太ってしまうらしいけれど、僕の場合そうじゃないみたい。

そもそも、

「週1万円以内の生活を!!」

と決めているからそんなに贅沢は出来ない。

あとは肌の色がかなり黒くなった。周りからも

「来た時よりも確実に黒くなっている!!」

と言われる。

英語の方は日常的に良く使う言葉は返答として

「I know」(知ってるよ(don'tを使って「知らないよ」もよく使う))

「I understand」(わかったよ)

「I see」(なるほどね)

あたりは良く使う。相手が簡単な単語で喋ってくれるなら、それなりに内容を理解できるようにはなってきた。

なんというか「聞く姿勢」が出来たって感じ。きて2週間くらいは英語で喋られると頭の中がちょっとパニックになっていたけれど、今はとりあえずどっしり構えて聞けている。
わからなければ

「Sorry」

と言って聞き返せばいい。

まあ、ホントまだまだビギナーだけれど。

最近はマルタでの生活にもだいぶ気持の余裕が出てきて、そろそろ「海外」旅行の計画でも立てようかと思っている。

きっと安くても数万円かかってしまうだろうけど、日本から行く事を考えれば、今この立地を利用していろいろなところに行っておくのが賢明かもしれない。

チュニジアなら飛行機で1時間、シチリア島(イタリア)なら船で1時間半、モロッコやエジプトだってそんなに遠くないし、ヨーロッパ圏内なら4~5時間あれば大概のところへは行ける。

どこに行こうかな…。

狙い目は北アフリカと、イギリス・アイルランドあたり。

最近、来年の春あたりヨーロッパを横断しながら旅しようかと考えるようになった。

しかし、「島国」のイギリスやアイルランドは行きづらいし、北アフリカにはマルタ滞在中に行っておくのがBetter。

まあ早ければ来月にもどこかに行こう。

そうそう、最近鬚を伸ばしている。

東アジア人は顔立ちが「薄い」から、「ナメられない」ためにも出来る限り濃い風貌で…というつまらない考えからだ。

来た時は「出来るだけ若く!」とマメに剃っていたけれど、若く見せたってメリットが少なさそうだし。

あとはそろそろサッカーがやりたくなってきた。僕の事を襲撃した奴一人のせいで、マルタ人への印象が自分の中で悪くなってしまったので、どこか地元のチームとかを探して仲間に入れてもらえれば…などと考えている。

学生生活の中でまともに触れ合うマルタ人は先生と事務所の職員、そして近くの売店のおばちゃんくらいだ。

せっかくだから他のマルタ人の知り合いも欲しいところ。


話は変わるけれど、僕と同時期に学校に入校された方に、なんと僕のブログを読んでいた方がいた!

僕が

「僕は福岡から…」

というと、

「あなたもしかして青春18切符で旅をしていなかった!?ブログ読んだことあるかも!」

とびっくり仰天の事があった。

どうやら自分と同時期にマルタにやってくる僕の事を少なからず気にされていたらしい。
その方は1週間で日本へと帰国されたけれど、全く知らないどこかの誰かがこのブログを読んでいる事をその時実感した。


さてさて、ここに来て3週間の間に挨拶程度に自己紹介を交わした人の国籍…

アルバニア、セルビア、韓国、ロシア、スイス、スウェーデン、サウジアラビア、イタリア、スペイン、フランス、ドイツ、トルコ、エクアドル、ハンガリー、もちろん日本と、そしてマルタ…合計16カ国。

もちろん全員が友達になったわけではないけれど、こうやって書いてみるとやっぱり日本では出来ない経験をここでしていることがわかる。

今のところ、日本、韓国、トルコ人あたりに親しい友達が多いので、今後は他の国の友達も増やしていきたい。

今回の記事では一切写真がなかったので最後に首都Valletteのバスターミナルの写真を載せておく…

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最初の別れ

今、部屋に一人…。

いつも一緒に仲良くしていたALEKとSHABANは大学のある、カターニャ(イタリア)に帰ってしまった。

JOELはきっとコリアンの彼女と外出中。

ちなみにいつもどうやってブログを更新しているかというと、部屋にはネット環境がないため記事は予めTEXTに保存しておいて、学校のネットカフェでUPするような形。

それにしてもだ…寂しい。

マルタに2ヶ月いるNATSUKOの話だと

「最初の別れは辛いけど、だんだん別れにも慣れてくる」

らしい。ふーん。

僕の記念すべき最初のルームメートだったALEKSANDER…本当にいい奴だった。かなり顔は老けていて、誰も彼が22歳であることを信じようとはしなかったけれど…。

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以前2人して「うたた寝」した時の写真。

彼らのFINAL NIGHTとなった金曜日の夜はコリアンのSOOのお家にお邪魔してお別れパーティ(正式にはフェアウェルパーティと言うらしい)。

参加者は日本人4人、コリアン3人、スイス人1人、そして主役の2人ALEKとSHABAN(アルバニア人)。

ちなみに主役の2人がこのメンバーと知り合ったのは僕繋がり。先々週の木曜日MIKIという日本人女性のお別れパーティに呼ばれた僕(以前ブログにも少し書いたけれど)が

「ルームメートとの約束があるから、彼等も僕と一緒に来ていいのなら…」

というところから接点が出来た。

何とも不思議な縁である。仮に僕がマルタに来なければ…そして今の学校を選択していなければ…きっと今回のお別れパーティはまた違った形、メンバーになっていた。

しかし、キューピット役!?となった僕もその場に居合わせることが出来てとても光栄だった。

パーティでは日本人4人が腕を奮って炒飯、焼きそば、豚カツを作って…もちろん僕の担当は馬鹿の一つ覚えの炒飯。

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自分で言うのも何だけれど、炒飯も含めて全部美味しかった。英語よりも先に料理覚えたりして…。

食後はSHABANが作ったデザートを堪能

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こんなのを作ってしまう男って…素晴らしい。

会の中盤では僕が彼らのために用意したプレゼントを贈呈。それは英英の辞書!

彼等は何と辞書ももたずに3週間英語の授業を受けていた。数日前にALEKはスーパーで辞書を買おうとしていたのだけれど「高いから…」と断念していた。

辞書はポケットサイズのもので日本円で1200円程度。それを買うことすら断念せざるを得ない彼にいつもご飯を御馳走になっていた僕…。

感謝の気持ちを込めて、彼ら2人に辞書を1冊ずつプレゼントした。サプラーイズ!!

彼等もとても喜んでくれた。

そして、記念撮影

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この写真は皆DRYTON在住だったから、その名もDORAYTONS(そのまんま!)

ALEKとSHABANは当然DRAYTONを去り、そしてコリアンのALEXも今日別のアパートに引っ越した。そしてJOELは来週居なくなって…。

さらに「マルタのヨン様」ことYOUNGも加わって再び記念撮影。

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本当にみんないい人ばかり。

パーティ終了後は僕のアパートの近くにある、マルタ一の繁華街Pacaville(パーチャビレ)へ。

週末には大勢の語学留学生や、マルタの若者がPacavilleに集まってくる。

とにかくどっこも音楽が大音量でかかっているようなところばかり。

僕の趣味には全然合わない場所。

福岡で言う、中州や天神とはまた違う。というより、完全に若者の街。元サラリーマンの僕には近くて遠い街。

しかし、昨日は老体に鞭打ってちょっと無理して騒いで…

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どこか落ち着いて飲める場所はないものか…。

結局2時過ぎまで飲んで…。

そして、土曜日別れの時…。

僕の最初のルームメート達と

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本当に彼等はナイスガイ。本当にラッキーな僕。

僕の不安で仕方なかった留学生活は彼らのおかげで順調に滑り出せた。そしていつもALEKSANDERやSHABANと行動を共にした。そんな2人ともお別れ。

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僕らの「すみか」DRAYTON前にて。

そして、急遽空港までALEXが借りたレンタカーで僕も見送りに行くことに。

初めて見る昼の空港(僕の到着が夜だったから)。

そして最後の記念撮影。ちなみに彼らのフライト時間は30分らしい。(高速フェリーで90分だからね)

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急遽飛び出してきたから、極めて軽装な僕。

そして出発口から消えていく彼ら

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でもやっぱり最初の別れは辛いもの。それにこの先「アルバニア人」なんてマルタにいても知り合うことはないかもしれない。

いつかきっと良く知らなかった国「アルバニア」に遊びに行くから。

I can't forget you!!

その前に、きっと僕はシチリア島に行ってALEKSANDERとSHABANに会いに行くだろう。

その時まで達者でな~。そしてその時は泊めてね。

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きっとこの先もたくさんの別れがあり、出会いがある。

6か月もここにいる僕はきっとその内「古株」になる。

次のルームメートは何人???そしてどんな奴???

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最後に僕のサングラスと帽子をかぶってテロリスト風!?のALEKSANDER。

最初のルームメートがALEKSANDERで本当に良かった。本当に本当にありがとう。

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生活のリズム

最近、ようやく落ち着いた生活を送れるようになった。

良くも悪くも「暇」が多い。

こちらの日常は…

まずは起床は7時半。

宿題があれば朝にする。本当は前日夜までにやるべきなんだけれど、夜寝る前にしようとして、一度眠くなるともう耐えられない。で、Go to bed

これも歳かな…とか思ったり。

最近ではシャワーも朝に済ませる事が多い。

授業は月曜以外は9時から(月曜は9時半から)だけれど、学校に隣接する学校のインターネットカフェは8時から開いているため、ちょっと早めに家を出てメールチェックしたり。

時差は7時間だから、この時間に出来るだけ返信をする。仮に学校が終わった直後だと日本時間で19時~20時くらいだけれど、ネットカフェが生徒で混雑するし、そうなるとポンコツ環境のインターネットは「使えねぇ」程に遅くなる。

混雑を収まるのをまてばもう日本は夜遅くなる。だから朝の時間帯(日本の昼過ぎ~夕方)にどれだけ返信できるかが結構重要。特に相手が携帯のアドレスとかだと、返信をこちらの夕方とかにやってしまうと相手の睡眠の邪魔をしかねない。

授業は9時から1時間目が1時間半あって、10時半から11時まで中休み。中休みには校舎の外に出て誰かしらとダベったり。僕の場合住まいが近いからちょっとご飯食べに帰ったり。そして11時から12時半まで2時間目があって学校は終了。あとはFree Time。

僕が小学生だった時の土曜日の感覚と似ている。毎日土曜日みたいな感じ。

ちなみに1時間目の授業はJoan(ジョアン(スペルは自信なし))というきっと自分の母親よりも年上の「おばさん」体格のいい、教育ママみたいな感じ。

2時間目はDenis(デニス(こちらもスペルは自信なし))という、僕とそう年は変わらなそうな女性の先生。なので、授業はJoanに比べてちょっと生徒がだらけてしまう。

クラスの人数は現在13人。一人のコリアンがここ2週間姿を見せてないけど。

授業自体は日本のそれとは大きく異なる。

席は決まっておらず、朝登校した順に思い思いの席に座って行く。

席の形も皆が向かい合うような形。僕の隣にはよくKORAYが座る。

どんな姿勢で話を聞こうが、途中無断でトイレに行こうが、携帯電話がなって退席しようがほぼ先生は何も言わない(「携帯の音は消して」くらいは言うけれど)。

日本の授業に比べれば生徒に対してたくさんの「自由」が与えられているけれど、それだけ「自主性」も求められる。落ちぶれてしまうのは簡単。

僕の場合、ヒアリングがまだまだだから、ずーぅっと先生の話に集中しておかなければいけない。一度集中力を切らせばThe end。話の流れがつかめなくなり、授業内容を見失ってしまう。

当然だけれど、生徒がわからない単語に対しても英語で説明される。僕にとっては過酷な1時間半。でも全て自分のため。

僕のクラスは下から3番目だから、文法的にはそれほど難しい事をやっているわけではない。けれど、トルコ人にしたってロシア人にしたってスイス人にしたって文法に難があっても聞き取るし、喋る事が出来る。

逆に僕は文法中心の英語教育を受けてきたから「実戦」に難がある。

とにかく早く簡単な日常会話を成立させることが出来る能力を身につけねば。

授業終了後はまずLunch(ランチ)

今のところ、ALEKなりSHABANなりJOELなりが僕の分まで作ってくれることが多い。本当にありがたい。

Lunch後の選択肢はビーチクラブに行くか、ビーチに行くか、ジムに行くか、部屋でまったりするか。ただの暇な学生である。これからは「勉強」という選択肢も増やさないと…。

夕飯も8割方ALEKとSHABANと一緒、そしてたまにJOELも一緒

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左からALEK、SHABAN、僕、JOEL。

本当に楽しい仲間たち。でも2週間後はこのメンバーで僕しか残っていない…。

ALEKは結構英語が出来る、器用なタイプ。SHABANはALEKに比べれば英語力は劣る。いつもお気楽なタイプで気前がいい。

2人は高校時代からの友人らしく、写真を見せてもらってもいつも2人で写っている。まさしく「大親友」のようだ。

JOELもあと10日ほどでスイスに帰ってしまう。

「帰ったらフランス語喋って、仕事して…」

と帰国後の生活に頭を悩ませていた。彼の英語はすごく聞き取りやすい。そしてなにより物腰が柔らかく、何事にもキチッとしている。

僕らの部屋が古く汚いにも関わらず、ある程度保てているのは彼のおかげ。

「僕らがいなくなったらお前がボスだ」

なんて言ってたけれど、部屋の古株になる日がこんなに早いなんて。

そう言えば昨日、初めて自炊をまともに最初から最後までやった。

僕が作ったのは「炒飯(チャーハン)」

SHABANはお出かけしてたから、僕とALEKの2人で食べた。ALEKにも結構好評で、自分自身初めて作ったにしては上出来だった。

っていうかこちらの米はポロッポロだから炒飯にはもってこい。

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ALEKは無理してお箸で食べようとしてたんだけれど、この米は生粋の日本人でもお箸で食べようとは思わない。


さて、こんな「日常」が月曜~金曜日まで続く。

ただ今のところ「日常」さえもが刺激的な毎日だ。

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2週が経ちました(ブログを読んで下さっている皆様へ)

今回、まとめてブログを更新しましたが、僕のマルタライフも2週間が過ぎました。

毎日が

「Nice to meet you」

の連続です。

友人と呼べる人の国籍も韓国、スイス、スペイン、トルコ、ロシア、フランスと増えてきました。

しかし、これからサヨナラもたくさん味わう事になります。

現にいつも一緒にいるALEKとSHABANは学校のあるイタリアはカタ-ニャの町に今週末帰ってしまいます。

英語力はもう少し…いやかなりの努力が必要と自分でも実感しているところです。まだまだ初心者レベル…。とにかく、スピーキングとリスニングの力を伸ばしたい今日この頃。それが出来ないと会話にならないから…。

そのためにはボキャブラリーもどんどん増やさないと…などとも考えています。

学校休みの日にはマルタの他の街を主に観光しています。

先週末は古都「MDINA(イムディーナ)」にも行きました。

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僕の住んでいるSt Julians(セントジュリアン)や首都Valletta(バレッタ)とは違ってすごく静かな場所。

その隣のRabatにも行って…

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どこの町にも必ずと言っていいほど、立派な教会があります。

日曜日にはMarsaxiokk(マルサシュオック)というマーケットにも行って…。

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結局何も買わなかったけれど…。

マルタ島内ならすべて片道200円以内で行けます。

ご飯は外で食べないときはいつもALEKかSHABANが作ってくれてます。経済的にはきっと彼らの方が苦しいんだろうけど、ホント良くしてくれます。でもたまに彼等は僕に悪戯してまだ22歳であることも感じさせます。

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さて、今は毎日が出会いの連続。

こうやってブログを書くことで嫌なことも

「ネタが一つ出来た」

とプラスに捉えられます。

これが僕の臨んだものがそうかは自分でもわからないけれど、楽しい毎日です。

多少のトラブルに見舞われながらも僕は元気にマルタでやっています。

これを読んだ方にはコメント等や、メールをいただいたり出来ると嬉しいです。

僕も出来るかげり早く返信をしようとは思います。

それではこの先も出来る限り更新していきます。

例え更新が滞っても、僕はきっと元気にしているはずです。

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コミノに行きました

2週目の木曜日はPublic Holiday、所謂祝日でお休み。そこで、マルタの島の一つであるコミノ島に行くことに。

ちなみに週の中に祝日があると、祝日以外の平日は学校が始まるのが8時半。1コマ2時間となる。

普段は9時から授業で1コマ1時間半だから、集中力を持続させるのが難しい。

さて、コミノ行きののメンバーはクラスメイトのNATSUKO、MAKIKO、SOO、ALEX(彼はコリアンだけどENGLISH NAMEを名乗っている。韓国人にはそういう人も多い)、そしていつも一緒のALEKとSHABAN。

その他の日本人を含んだグループも同日に別個でコミノに行くとの事。


しかし…。

この日、思い出したくもない事件が発生。

僕等がバスで船乗り場まで行って、バスを降りようとした時、バスの前の方に座っていた若い男が立ったまま降りずにこちらを見ていた。

僕はきっと降りるのだろうと思い、先を譲ろうとしたのだが行こうとしない。

そこで、僕が先に行こうとすると突然斜め後ろから1発殴られた!!!(痛みはほとんどなかったから実際には手のひらとかだと思うけど…)

これといった原因もなくいきなり。本当に僕は何もしていない。目があったことさえ一度もなかった。なのに…だ。

僕が乗る際に足を踏んだとかなら多少は怒るのもわかるけど、そんな記憶もないし、仮にそうだとしてもそこまでする必要もない。

しかも、僕がバスを降りて友達に

「Why?」

とか言われて

「I don't know」

とか言ってるうちに今度はバスを降りてきた。

友達から

「目を合わせない方がいい!」

と言われて無視していると、また一発。これまた痛くない。…が思い出せば思い出すほど怒り爆発である。

本当に意味がわからない。ただただCrazyである。そして男はまたバスに乗ってどこかへ行ってしまった。そこでそのCrazy Boy以外は皆降りたのに、そいつ一人だけバスに乗って去っていった。

周りの人たちも唖然としている。僕が一番ビックリだ。

僕は人生の中でケンカらしいケンカは一度もしたことのない、平和主義だ。

所謂「キレる」感覚も知らない。

なによりトラブル大嫌い。だから、今回の自分の行動(何一つ仕返しをしなかった)事は正解だったと思う。けれど、やられっぱなしというのは腹が立って仕方がない。後になってどんどん怒りが増していった。

マルタそのものを嫌いになりかねない事件なのだ。

まあ、きっとお酒を飲んでいたか、もしくはドラッグでもやっているのであろう。本当にしょーもない人間の仕業だ。

これから時間が経てばこの記憶は薄れていくのだろうが、同じような事が次に起こった時にはまた「我慢」出来るかは自分にもわからない。

良くも悪くも今回の一件で「心の準備」が出来たのは確か。

2発目のあと、コリアンのALEXが

「What's?」

と言ってCrazy Boyのところへ向かおうとしたが、それは止めた。

186CMあって、テコンドーの経験もある彼が行ってしまえばそれこそ大惨事である。
その後もSHABANが慰めてくれたりしてくれた。みんなありがとう。

そして、気を取り直して到着しました、コミノ島。

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あり得ないくらい綺麗な海

まだ6月上旬ってこともあって、水温は低く長時間は入っていられなかったけれど、「事件」の事も忘れて少なくとも僕の知っている日本の海とは大違いの奇麗な海を堪能した

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別個のグループも合流してみんなではしゃいで遊んで…。

コミノには5時間ほど滞在して、帰ることに。

帰りの船はいろんな海岸沿いの洞窟によってくれたけれど、ちょっと船酔いした…。

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とにかく海はきれい。でも未だに地中海にいる実感はない。

今回、本当に嫌なことがあったけれど、こうやって学生らしくみんなで楽しく過ごすのは本当に楽しい。

極端に言うと毎日がリゾート気分。

こんなマルタの生活もあと22週もある。まだまだ先は長い。帰国は11か月後だ。

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第1週、4日目~

第1週、4日目~
4日目はクラスメイトのコリアン、SOOのお宅にお邪魔して僕がくる前までクラスメイトだったらしいMIKI(ミキ)という日本人のお別れパーティ。初対面なのにお別れパーティ。僕のルームメート、ホームメート、アパートメートのALEKSANDER、JOEL、SHABANも同伴で。参加者の国籍は韓国人3人、日本人4人、アルバニア人2人、スイス1人、トルコ人1人。

僕はまともに料理も出来ないのに、自炊のアパートに住んでいるからこういったPARTYは非常にありがたい。料理ができなくてもおいしいご飯にありつける。

乾杯は日本、韓国、フランス(JOELがフレンチパート)、アルバニア、イタリア(AREKとSHABANはイタリア在住)の全ての国の掛け声で。

異国に来たことを実感。

PARTYでは主にコリアンフード。「アジアの味」を堪能。

PARTYの途中ではベランダから花火が見えた。マルタで初めて見る花火。

金曜日は授業終了後にビーチクラブへ。

ビーチクラブとは5つ星ホテルの所有する、海岸沿いにあるプールの事。STUDENT CARDがあれば「タダ」なのだが、「夏季は有料になる」とこの間こちらに来て友達から聞いた。本当なのだろうか…。

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これが一緒にいったメンバー。いつも一緒のALEKにクラスメートのKORAY、その繋がりでトルコ人女性のオズランとジャンス(スペル聞いたことない)と日本人3人(HIROMI、ERIKO、RYOKO)と。

ちなみにこの時僕はスチューデントカードを忘れて取りに帰っていた…。

その晩はERIKO、HIROMI、JOEL、ALEK、SHABANの5人で「他人丼」を食べた。

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ちなみにこれがDRYTONのリビング。いつも誰かしらにご飯を作ってもらっている僕…。

初の休日になった土曜日は首都で街全体が世界遺産でもあるVALLETTAへ。

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僕の住んでいる地域とは雰囲気が違って、趣のある都市。

ここの聖ヨハネ大聖堂は必見!

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ここで久しぶりに受ける「学割」自分が学生であることに大感動。

そして、スリーシティを望むガーデンからの風景。

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風景がまったく日本とは違う。ここはやっぱり異国だ。

ちなみにこの時こっちにきて初めてPIZZAを食べたけど、やっぱりおいしかった。

日曜日はあまり動きまわらず僕が日本から持ってきたDVDをJOELやALEKと一緒に見てまったり過ごした。それもまた英語の勉強。

部屋はよろしくないけれど、本当にルームメート、ホームメートに恵まれた。JOEL、ALEK、いつもありがとう。しかし僕は彼らになぜか「ジャパニーズ・ヤクザ」と呼ばれている。

「ヤクザ」というワードは世界共通のよう。

…とまあ激動の1週間を到着後から過ごしてきた。それはそれは「濃い」1週間だった。
最初の1週間から案外楽しめている感じである。

やっぱり僕の日頃の行いがいいのかな。

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第1週、到着日~3日目。

マルタ到着後、空港には、学校の職員が2名いた。一人はドライバー、一人は受付みたいな感じ。

そこに、フランクフルトの搭乗口で見かけたアジアンもいた。どうやら日本人らしく、日本語で話しかけられた。彼女は1週間後からの入校で、それまではホテルに滞在するとの事だった。

そして、空港にいたドライバーに連れられ、いざ僕の拠点となる街サンジュリアンへ…。
空港からサンジュリアンまでの道中、ドライバーがとばすとばす。

マルタ人は運転が荒いとは聞いていたけど、早くもそれを実感。人口当たりの交通事故死者数は日本を上回る…とかも聞いたことがある。

そして、遂に着きました僕のアパート。

まず驚いたこと…学校からアパートが近い…。

送ってくれたドライバーが

「学校はここで、お前のアパートはここ」

みたいな。息を止めても余裕で行ける距離だ。その名もDRYTON(ドライトン)。
後でわかったことだけど、学校のアパートの中でDRAYTONが一番古くて汚い。…が距離は極めて近い。

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そして、自分の部屋に行くと一人の外国人が僕を迎えてくれた。

彼の名前はALEKSANDER(アレクサンダー(以下ALEK))。アルバニア出身の22歳。そして部屋にはもう一人。彼の名前はSHABAN(シャバン)。彼もアルバニア人。ちなみにALEKが僕のルームメート。SHABANは同じアパートの違う部屋の住人らしい。

っていうかアルバニアってどんな国???

彼等も僕と同じタイミングでレッスンが始るようで、3週間マルタに滞在するらしい。元々はイタリアはカターニャの大学に通っているとの事。

お互い簡単な自己紹介を済ませ、僕は荷物を整理しシャワーを浴びて、眠りにつくことに。ALEKからは7時に起こしてくれとか言われて…。

次の日は初の「登校日」。朝の7時半に学校に行かなければならない。うっかり目覚ましをかけ忘れたが、運良く7時10分に目が覚めALEKを起こして学校へ。近いから余裕で間に合う…。

朝からクラス分けのテストと、学校の説明があった。説明なんて2割くらいしか理解できない。不安がどんどん増していく。

テストももちろんボロボロだ。ヒアリングなんてもはやお手上げ状態である。ちなみに同時期コース開始の日本人は(確か)7人程。HIROMIという同い年の日本人がいて、仲良くなる。

そして、しばらく間があいていよいよクラス分け。そんな時の一コマ。

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左から僕、SHABAN、ALEK…彼らが22歳というからビックリである。

それから次々と「新入生」の名前が呼ばれ各教室に「放り込」まれていく。

僕のクラスはPRE-INTERMIDIATE。下から数えて3番目。言うなれば下の上。ちなみにレベルは8段階かな。

僕も例に漏れず、教室に放り込まれた。自己紹介もソコソコに授業が続けられる。ハッキリ言ってまるっきりついていけない。

クラスの国籍はロシア人2人、トルコ人3人、日本人3人、韓国人3人、スイス人1人といった感じ。割と国籍の固まったクラスだ。

どことなく、みんな冷たい。ハズレクラスに入れられたかな???とか思ったり。正直なところ精神的苦痛を伴う1時間半が終了し、初日終了。

放課後部屋に帰るとJOEL(ジョエル)というスイス人がいた。どうやら僕と同室のもう一つの部屋の住人らしい。彼は8週の滞在で既に4週が経過している。ってことは残り4週。ちなみに彼はフレンチパートのスイス人。スイスには他にドイツ語を喋るジャーマンパートとイタリア語を喋るイタリアンパートと、ごく一部それらがMIXされた特別な言葉を使う地域があるらしい。

どうやら彼はフランス語はもちろん、父親の出身であるイタリア語、そしてドイツ語に英語もできるようだ。もの凄く物腰の柔らかい29歳。フットボール好きというから、話が単語単語でも弾む。

午後には学校で主に日本人と韓国人の対応を担当しているHARUKAさんより改めて学校の説明。ありがたい。

到着して初めてこの日インターネットを使ったが、ニュースではZARDの事とか、「ナントカ還元水」の事とか…。僕が24時間近くかかって地中海の島国に移動して、1晩寝て…ちょっとの間にビックリ仰天のニュース2つ。

定期的に日本のニュースをチェックしないと浦島太郎になりそうな気配。

初日の夜はWELCOME DINNERなるイベントがあったがそれほど人脈を広げられず。というより、人脈を広げるだけの語学力がない…。しかし、出発前に徹夜したおかげで時差ボケは一切感じなかった。1日目はあわただしく終了。

火曜日は2日目の授業。相変わらず授業についていけないが、雰囲気はつかめてくる。この日新たにKORAY(コーライ)という21歳のトルコ人がやってきた。彼も半年マルタにいるらしい。ほぼ完全に「同期」である。

その日はWELLCOME DRINKなるイベントがあり、クラスメイトのKORAYともう一人トルコ人女性のオズラン(スペルは聞いたことない)と日本人女性の4人で同席。その後はサルサ・バー「FUEGO」へ。簡単にいうとサルサを踊るバー。今まで踊ったことなんて運動会と盆踊り以外はないので、うまくなんて踊れない。…がやっぱり外国人はリズム感がいい(ように感じる)

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まだまだバタバタしている2日目終了。

3日目あたりから徐々に授業についていけるようになる。クラスメイトのキャラクターもつかめてくる。どうやらそんなに「ハズレ」ではないみたい。人脈も徐々に増えてきた。
3日目の放課後は部屋ALEKSANDERと共に近くのビーチへ。遂に出来ました「地中海デビュー」。当たり前だけどビーチには95%以上ヨーロピアン。テレビでしか見たことがない世界が広がっている。

ビーチで僕の拙い英語で語り合いながら、ゆっくり過ごす。徐々に生活も落ち着いてきた。

ちなみに日本からUNIQLOで買った「ジンベエ」を持っていったんだけれど、それをAREKとSHABANに来てもらった。

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やっぱり22歳には見えないよ。

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いよいよ出発!

さて、今回は留学の「移動編」を書いて行きたい。


出発当日、結局前日からバタバタしたまま朝6時20分に出発。最後まで「荷減らし」に追われていた。さよなら我が家!

空港までは両親に送ってもらった。

空港では中学校の友人、高校の友人、大学時代のバイトの後輩と満遍なく合計6人に見送りにきていただいた。本当にみんなありがとう!

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そして、両親ともひとまず出国前の記念撮影

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正直、ここにきてかなり不安が大きくなってきていて、スーパーナーバス(英語的には間違った表現だろうけど)。でも見送りにきていただいた人達のためにも引きつった笑顔で出発口へ…。

そして、遂に福岡の街を離れることに…。

…が飛行機がいっこうに飛ばない。10分…20分…30分…経っても飛ばない。

すると僕の真後ろに

「名古屋乗り継いでフランクフルトまで行くんですけど大丈夫?」

と、客室乗務員に言っている…いや絡んでいる方々がいた。福岡からフランクフルトまでフライトスケジュールが一緒なんて奇遇である。一瞬話しかけてみようかと思ったが、どうも僕と気の合うタイプの集団ではないように感じたので自粛。

そして、50分以上遅れてようやく飛び立つことに…大丈夫か乗継!?

福岡を離れることでかなり寂しい気持ちになった…まま26年間生まれ育った街を後にした。

不思議なことだけれど、名古屋に向かう途中でそれまでずっと抱えていたナーバスな気持ちが「すっ」とほとんど消えた。自分でも良くわからないけれど遂に覚悟も決まった感じ。

そして、名古屋に到着するやいなやANAの職員がLufthansaでフランクフルトへ向かう客を集めている。もちろん僕もその一人。どうやら余程時間がないらしい。

名古屋に到着した時点で乗継まで残り40分弱。

国内線から国際線への乗り継ぎ、しかも預けた荷物も一旦受け取ってから乗り継がないといけないため、国際線で規定された30分前のチェックインなんて到底間に合わない。

Lufthansaのカウンターに到着した時点ですでに残り30分弱。そこまでは駆け足のANA職員に誘導されていった。ある意味移動に無駄が無くってラッキー。

24.1kgあった僕の荷物も混乱の中、見事罰金なしでパス!これならもうちょっと入れてきてもよかったかなとか思ったり…。まあ、あくまで結果論。

カウンターで手続きを終えた後、出発口では名古屋への便で僕の真後ろにいた集団がいた。しかもその期に及んで

「本当に大丈夫なのか???」

などと言っている。もうそこまで来たら絶対大丈夫だっつーの。

Lufthansaのカウンターで手続きを済ませ30分前は過ぎたとはいえ、25分前には搭乗口にいるのだから、出発口がよほど数キロ先とかじゃない限りノープロブレム。なのに、さらに

「これで間に合わなかったら△○¥□%&#@」(ちょっと○翼(ライトウイング)的な発言…何とか車で空港の周りを取り囲むだなんだの…)

本当にやれやれである。世間知らずもここまでなると本当に見苦しい。まあとにかく彼らの誰かがこのブログを発見しないことを祈る…。

そして、名古屋を発つ=祖国の地を1年近く踏まないということになるので、ここでも少し寂しい気持ちになりつつも…ヨーロッパに向けて出発!さらば我が祖国。

今回利用したLufthansaの飛行機の機内は明らかに古かった。まああまり気にはならなかったけれど。機内の乗務員は半分以上が外国人である。早くも「アウェー」な感じ満載だ。

何より、エコノミーの席で12時間半の移動は半端じゃなくきつい。(4年前の一人旅で経験積み)

ちなみに僕は飛行機に乗る時にはいつも「窓側」を選択する。

窓の外の景色が楽しめるし、寝る時肘掛は独占できるし。

窓際 IS フリーダム♪

である。

しかし、問題はトイレに行く時。さすがに12時間我慢することは常人には難しい。

今回の座席は2-4-2のタイプ。僕の隣の通路側の席には運よく日本人が座っていた(当然外人(おそらく大半はドイツ人)も半分くらいいる)。僕の両親よりもきっと年上の男性(以後Aさん)が座っていた。トイレに行くにはAさんの許可を得ないと(大袈裟だけど)いけない。

どうやら見る限りお一人様のようである。話しかけてみようか、止めておこうか…そんな事を思案しているうちに最初の機内食が到着

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飲み物は「ドイツのビール」。味はまあまあ。機内食自体は中の下くらいかな。

機内食も食べ終わり、まだAさんに話しかけようか迷っていた。でもこれから異国の人と付き合っていくのである。同国の人に話しかけられないようじゃ、話にならないと思い、意を決してAさんに話しかけた。

話してみると、Aさんはフランクフルト経由でコペンハーゲンに行くとの事だった。仕事の出張でのヨーロッパ訪問だそうで、二酸化炭素を冷媒にした冷蔵庫…とかの会議に出席するらしい。敷居の高いお仕事に就かれているようだ。

僕は留学という形でマルタに…というお話をしたところ、

「半年いたら日常会話くらいは出来るようになるだろうから、後の半年は何か専門的な用語(Business Englishとか)をやってみてはどうか?」

とありがたいアドバイスをいただいた。何気ない出会いの中にヒントが隠されているかもしれない。

話しかけて良かった…と思うと同時に、トイレへの通行が非常にスムーズになった。

そして2度目の機内食。

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ここで出ました"フィッシュ オンリー!"

僕はチキンが食べたかったんだけど…。

そして、13時間近く非常に狭いスペースで過ごしながら到着しましたフランクフルト

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すごい「アウェー」である。日本人も結構いるけど、9割以上は異国の人だ。

そして、ちょっとした「事件」が空港で発生!

事件というより、いきなりヨーロッパ最初に買ったジュースでボッタクられた。やけに高いジュースだなとか思ったけど、値札のあるお店で見たら2本の値段だった。空港の売店の店員が平気で人を騙すのだから、早くもカルチャーショック!金額は大した事ないけれど、精神的ショックの方が大きかった。人間不信ならぬ、ヨーロピアン不信。

まあ、安い授業料だと思って、これからはくれぐれも気をつけよう。

そして、マルタ行きの搭乗口へ。ここまで来ると日本人はおろかさすがにアジア人はほとんど見かけない。…が一人だけアジア系の方が搭乗口の部屋にいた。

そして、いざ地中海の島国マルタへ!

もはや機内アナウンスで日本語なんて流れない。完全に異国である。しかも周りはヨーロピアンだらけ。

そしてフランクフルトから2時間半ほどかけてやってきました、地中海の島国マルタ!到着時刻は22時。

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夜のマルタ空港。

しかし、もうひとつ「入管」という問題がある。EU圏内の人は素通りのようだけれど、ぼくはアジアン。紙にいろいろと記入しなければならないのだけれど、いかんせん何を書いていいかわからない。

相当苦労していると入管の人がブースから出てきて代わりに僕の紙に記入して、入管自体は判子を押して終わり。質疑応答一切なし。

緩すぎるぞマルタ!しかし、僕の英語力不足も情けないものがある。

って事で無事に!?マルタ上陸。そして、それから僕の真の留学生活が始まった…。

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出発前日


やっとのことで更新にありつけた。

日本での無職の日々とはガラリと変化して、まったくリズムがつかめない日々…。

出発直前に記事を一つ更新したつもりが、UPDATEされてなかった。ショック…。

まあ、無事にマルタに来れたからいいや。

出発前日から当日にかけてはかなりバッタバタだった。8月31日に宿題を急いで終わらせる僕の性格は20年来変わらない。

26日の朝は退職した会社の野球部で最後のプレーをし、昼は髪を切りに、そして10年近く入院生活を送っている祖母のお見舞いに行って、夕方頃荷造りを本格的に始めて…

最後の1日で最後のお勤めを全て終わらせた感じ。祖母へのお見舞いはふと思い出して行った感じ。僕は元々おばあちゃん子だったから。

さて、荷造りをしていく中で一番多いのはやっぱり衣類。

荷造りを一旦終えてみると重量28キログラム!ちなみに規定では20キロ以上は追加料金の対象となってしまう。

しかし、たいていの場合25キロまでは見逃してくれるとのアドバイスをいただいていたので、なんとか「荷減らし」に励むことに…。泣く泣く置いてきた物多数…。

まあ「罰金」をとられるよりはマシだから。

出発前日は時差ボケ対策のために「計画的徹夜」を実行。しかしながら、眠る気持ちになれなかったのも事実。

とにかくナーバスになる一方。自分で臨んだことのはずが、なぜか不安ばかりが増長して。結局のところ出発するまでついに「気合」は入らなかった。準備の焦りと、海外生活の不安ばかりが増した出発前日の夜明けだった。

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