竹的雑感記~ヨーロッパ生活…その後~

ヨーロッパでの経験を活かし…東京砂漠で奮闘中。

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残り2週間ですよー。

マルタでの生活も5ヶ月を超えた。

残り2週…実感は全くないけれど、僕は2週間後の11月12日にここを去る。

最近は日本人の全くいない状況に身を置いても全く違和感を感じなくなった。

先週の木曜日は学校のアクティビティのFootballに参加。

国籍はフランス、ロシア、トルコ、スペイン、そして日本。

日本人は僕一人で、他は皆ヨーロッピアン。

そんな中僕は黙々とプレー。ヨーロピアンだからサッカーがうまいという訳でなく人それぞれというのはもちろん世界共通。

今回、フランス人メンバーの2人は「んっ!」と思わせる技術の持ち主でおそらくは「それなり」のレベルでプレーしていただろう事はわかったし、トルコ人の僕の友人Volkan(ヴォルカン)は以前から上手いの知っていた…がその他は日本の僕の友人達のほうが数倍上手い。

幸か不幸か僕は日本にいる時はその地域では名の知れたチームに所属することが多く、チームメートもツワモノ揃いだったため、むしろ海外のほうが伸び伸びと楽しくプレーできる。

という事で、海外では僕は「ちゃんとサッカーをしていた人」というくらいにはちゃんとヨーロッパのサッカー好きに認知される。幾分かお世辞的な部分もあるだろうが…。

そしてたいてい

「お前はいいDF(ディフェンダー)だ!」

としっかりそのポジションまで特定される。今回は6対6のフットサルで誰がDFというわけではないのだが、しっかり自分のポジションがバレる。

僕はサッカー人生の中でほとんどDFだったから、今更カッコよくFW(フォワード)みたくは振舞えないということだろう。

そして土曜日は学校のアクティビティでPicnic(ピクニック)へ。

これまたアジア人は僕だけ。後はロシア、スウェーデン、トルコ、ハンガリー。

♂は僕以外皆トルコ人。

金曜日の夜の記憶がなかった僕…Picinicに参加したトルコ人♂の大半は金曜夜も一緒にいたため、彼らに

「昨日Nativeにいたのは覚えていて、次はベッドの上だったんだけれど…」

と言うと

「俺もだ!」

という輩が少なくとも2人いて、僕が特別な存在ではなかった事を確認して少しホッとした。

ピクニックではトルコの何とかドンキーというゲームを♂全員でやった。

このゲーム日本語で説明するのも難しいのだが、そのGoal(目的)がまったく見えなかった。とにかくクレイジー。かなり体を張ったゲームで、そのクレイジーっぷりに女性陣は大盛り上がりしていた。

まあPicinicで一番盛り上がった瞬間と言えるだろうからいいのだけれど、月曜日にはクラスメイトのHulitがそのゲームで負ったと思われる背中の痛みをしきりに訴えていた…。

でも、今はこんな馬鹿をするのがただただ楽しいのも確か。

ちなみに月曜日に学校を行くとやはりというべきか…

金曜日の夜(2度目の記憶喪失)の僕の醜態を友達から散々聞かされた。

「Masa!金曜日の夜のこと覚えているか?俺は覚えているぞ~(ニヤリとしながら)」

友達はFunny(愉快)だったと言ってくれるが僕にしたら全然愉快じゃない。

「でもまあ、あと2週間だからいいかぁ」

みたいな気持ももちろんある。

26年間実家暮らしだった僕が、初めて実家を飛び出し生活した場所がこのマルタ。そんな愛着のあるこの場所を僕はもうすぐ離れる。

というか…今は正直マルタを離れたくない!

多くの友人が既にここを去ったとは言え、僕はまだたくさんの友人がここにいる。

顔見知りで向こうは僕の名前を覚えているけれど、僕は向こうの名前を聞いた記憶もない…みたいな友達が連日の暴飲で増えきているが…。

でもお金よりも時間の方が僕にとってより「有限」だから、ここでの生活に「甘えて」いるわけにもいかない。

違った「刺激」を受ける必要性を自分自身感じている。

環境が全く違おうとも、Englandではまた充実した…そして楽しい海外生活が送れると信じている。

最後に僕がマルタに来た日に撮影された話題騒然のIDカードの写真を掲載。

P1030583.jpg


そりゃ笑われるよな~。
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初めてマルタでトビマシタ

最近アルコールの量が確実に増えている。

週2、3回ペースで2日酔いに見舞われるくらい飲んでいる。

肝臓への負担も懸念される。

僕の中で最近何か「ネジ」的なものが完全に緩んでいて(マルタ生活も残り少なくなってきた事が主因だろうが)

「飲むときはとことん飲む!」

というのが今のライフスタイルになっている。

先日も僕のクラスメイトのHulitの屋上でパーティがあったので参加してきた。

パーティの内容は

「久々に晴れて暖かいからRoof(屋根)パーティだ~!」

といったもの。特に誰かを祝うとかそういう類のものではない。

確かにマルタはここのところジャケット無しでは寒さを凌げないような日もあり、また連日の雨でその気候の突然の変わりように、皆がウンザリしていた。(ここ3日はだいぶ天気も良かったが)

パーティの参加資格は無。誰でも参加OK。

「とにかく人をたくさん呼んで楽しもう!」

というコンセプト。

僕は主催者がクラスメイトだから

「もちろんお前はくるよな?」

的な感じ。

そして、僕は彼のRoof Partyに参加した。

国籍は、日本、韓国、トルコ、ロシア、ハンガリー、スウェーデン、スイス等。

20人以上はRoofに集結していたと思う。

こういう多国籍パーティがもう当たり前になっている自分が客観的に見てちょっと不思議な感じもするけれど。

最近はロシア人♂のVitalyとよくつるんで、夜の繁華街Pacavilleで遊んでいるのだけれど、彼はお酒が飲める僕の事をいたく気に入っていて、とにかく僕にお酒を飲ませる。

彼が飲むのは決まって「ウイスキー&コーク」。

すでに500MLのビールを自分の部屋で2本飲んでいたのだけれど、さらにRoofパーティではビール1本とウイスキー5割という殺人的なウイスキーコークを2杯。

この時点で僕は自分で自覚できる酔っ払いになっていた。(とはいえど十分自分自身をコントロール可能なのだけれど)。

そしてParty会場は毎度毎度のPacavilleへ。

そこでさらにギネスを2杯とビールを2杯…もちろんパイント(日本でいう大ジョッキくらい)で。

このあたりから僕の記憶が怪しくなってきて…。

マルタに来てからは、どれだけ飲まされても記憶が飛ぶ程の事はなかったのだけれど、今回ばっかりは…僕は人から潰される事よりも自分で自滅するパターンがほとんどなのだが、今回もほとんどそのパターン。

自分から進んで飲んでいると、気分的にも「スキ」が出来てしまうのだろう。

正直、その後さらに自分がどれだけ飲んだのは覚えていない。

20分起きくらいにトイレに行っていたのは覚えている。

唯一の救いは僕の醜態を親しい日本人友達に見られなかったことだろう。

後日一緒にいたトルコ人に聞くと、僕は誰が見てもベロベロだったらしい。

しかも、その帰りがけ韓国人のHosukに会った「らしい」のだがその記憶もない…。

後から自分の酔っ払いぶりを聞かされるのは非常に辛いものがある。

「What did I do???」

といった感じ。

しかも、その2日後にも同じように記憶が飛び…よく行くBar『Native』の次の記憶はベッドの上だった。

何か悪さをしていなければいいか…。

マルタでの生活が残り少なくなったところで、この荒れた生活ぶり。

すっかりお酒に関する自信も喪失…。

しかもどうやら風邪をまたまたひいてしまったらしく、久々に悪寒に見舞われた。体は正直という事なのだろう。

そんなこんなで土曜日の夜から日曜日の朝にかけては外出はせず14時間の睡眠を取った。熱と喉の痛みにうなされながら…。

それでも僕は懲りずに夜の街に繰り出し続けるだろう。(風邪が悪化しない程度に)

こうなったら悔いが残るくらい遊びまくる。(もちろん学校にはちゃんと通うけれど)

でも記憶が飛ぶのはもうやめにしないと。

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家族の風景

今回の題名は僕の好きなミュージシャン『ハナレグミ』の名曲のタイトルを使用。

≪キッチンにはハイライトとウイスキーグラス どこにでもあるような家族の風景≫

という、家庭のありふれた風景を唄った曲。(ハイライトは煙草の銘柄(多分))

先週の金曜日、新たな僕のRoomメイトRomain(フランス語の発音が難しくて未だに呼び方が掴めていない)がやってきた。

フランスのストラスブール出身の33歳。

これで、僕のFlatはMaxの4人となった。

AhmetとBurakは僕と同じ日まで、Romainは僕より2週長くFlatに滞在するようだから、僕の最後のFlatメイトはこの4人で確定となった。

僕は26歳と10ヶ月、Burakは26歳と8ヶ月、Ahmetは39歳でRomainは33歳…平均年齢は30歳を超している。

皆、それないに落ち着いていて、そして皆が皆綺麗好き。

やはりどこの国でも国民性とは別に、年と共に落ち着いてくる…ないしはいろんな意味で「丸く」なるのは同じようだ。

真夏の間は年下ばかりとの共同生活(Alberto、Mahmet、Andre等)だったので、部屋の管理にも僕が常々気を使っていたが、今やその必要がなくなった。

休みの今日(日曜日)はBurakとRomainがキッチンを一斉に片付けていた。

そして今やキッチンは、整然とした素晴らしい場所となった…。

そして朝はトルコ人が準備してくれた朝食をテーブルで囲んで食べた。

どこか家族的な雰囲気。平和で落ち着いた時間が流れていた。

さすが平均年齢オーバー30歳。

ただ一つRomainの英語が非常に聞き取りにくい。フランス語のアクセントと思われる「訛り」を強烈に持っている。

Roomメイトとの会話にはこれから最後の3週間、苦労しそう…。

しかし、自分の部屋で最後のこの期間に大きな問題を抱えなくて済みそうなのは大きい。
僕の英語を鍛えてくれそうな、英語が流暢な人はいないけれど…まあ多くは望まない方がいいということだろう。

そして渡英後のホストファミリーが早くも決まったようだ。

抽象的な情報しか学校から届いていないが、街の中心部に位置し、学校まで歩いて10分。インターネットの接続が可能という事みたいだ。

家族構成等はまだ聞かされていない。マルタではずっとアパート暮らしだっただけに、ホストファミリーとの新生活には不安と期待が半々といったところ。

しかし今回食事は自炊を選択したしRoomメイトがいるわけでもないのでそれほどホストファミリーの良し悪しの影響は受けず、ある程度は自由な生活が送れるのでは…と思っている。

自炊を選択したのは、自分の生活の時間を自分で決めたかったから。

食事付きだと楽なのはいいけれど、時間的拘束を受けてしまう。

マルタで餓死しない程度の自炊生活力を身につけたので、それをEnglandでも発揮したいと思う。

そして来月は僕がマルタの学校を終了するその日(11月9日)に、母が日本から観光にやってくる。

丸2日マルタ観光をして、その後2人で渡英(得意のRyan Airで)してその後1週間親子England2人旅となるのだが、今はその旅のアレンジにも追われている。

今回の旅では26歳にして、資金面の部分でかなり「おんぶにだっこ」になってしまいそうで、申し訳なく感じている。

もちろん旅の日程決め。下手糞な通訳。なんちゃってボディーガードくらいはするのだが、今回の旅は親孝行でもあり、そして親不幸でもある。

まあ母親と2人で海外旅行なんて日本にいたら絶対に実現しない珍企画なので、それはそれで楽しみたいと思っている。

さて、マルタの天気の悪さは相変わらず。

逆に言えば、街全体の雰囲気が落ち着いてきたようにも感じる。

この所、夜の繁華街Pacavilleにも週数回顔を出している。

行けば知り合いが誰かいるし、積極的に外へ飛び出しそして例の如くお酒を飲みまくっている。

何せ泣いても笑ってもあと20日しか僕はマルタにいない。

今、当たり前になっているマルタの全てが1ヶ月後には過去のものになる。

「住めば都」

この言葉はマルタも例外ではなかった。

最近ブログに「悔いのないように…」とよく書いている事に自分で気づいたのだが、それは無意識に自分に言い聞かせているのかもしれない。

またいつか僕はここに観光等で戻ってくる事があるかもしれないが、その時にはもう今の僕の友達は99%マルタにいない。

だからこそ今のマルタを楽しみたい。

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決まりました~。

遂に渡英1ヶ月を切って…通う学校が決まった。

とりあえずHPはこちら

http://www.oxfordohc.co.uk/index.html

今回は結局エージェントを通さず自力で申し込んだ。

やはりというべきか…次に僕が選んだのはEnglandのOxford。

学校の滞在期間は11周なので授業料£822。今のレートで約20万円。週18000円くらい。

滞在方法はホームステイのシングルルーム、セルフケータリング(自炊)で週£90だから…週22000円くらい。

ただし、このホームステイは最初の5週だけ。残りの6週は未定。

とりあえず、全てマルタより若干だが高い(授業料、滞在費共に週あたり約16000円)

でも、念願の!?シングルルームとなるから、少しくらい高いのは仕方がない。

Londonならもっと安い学校はたくさんあったけれど、安さが売りの学校(特にLondon)のいい噂はあまり聞かない。

というのもLondonには当然世界中から学生が集まるようなのだが、中には就労が1番の目的で、ビザのために学校に通う…というパターンも少なくないらしく、クラスメイトがほとんど学校に来ない…なんて事もあるようだ。

という事で、Londonから程近いOxfordに手頃な値段の学校を見つけ、そこに通う事にした。(エージェント殿に見つけてもらったのだが)

授業はマルタより1日30分短くなるが、その辺は気にならない。

今となっては僕にとってマルタが都…最初はマルタとのギャップに苦しむかもしれない…けれど自分の選択がベストだと思って、また新たな生活を楽しみたいと思っている。

しかし、エージェントを通さないと全部学校に直接英語で問い合わせないといけないからちょいと辛い。

英語の勉強にもなっていると言えばそれまでだが、うまくこちらのDetail(詳細)が伝わっているかが心配だ。

まあ、そんあこんなも全ていい経験だと思って、トライしていくべきなのだろう。

さて、僕のマルタでの近況を少しだけ…。

今週よりBurak(ブラク)という新たなトルコ人が僕等のFlatにやってきて、先週に来たFlatメイトのAhmetのRoomメイトとなっている。

なので、今はトルコ人2人と日本人1人の状態。

僕は2週間目のシングルルーム満喫中で、夜中に部屋で気兼ねなくメールの下書きをしたり、ブログの記事を書いたりしている。

トルコ人の2人だがAhmetは39歳だし、Burakは26歳だしで2人とも落ち着いているし、綺麗好き。

彼等はちょうど僕がマルタを去る日まで同じFlatに住んでいるから、最後のこの期間はおおよそ平和なFlat暮らしが出来そうな気配。(僕の日頃の行いがいいのかな)

僕のRoomメイトに新たにフランス人がやってくるという噂もあるが、フランス人なら大ハズレはないかな…と思ってみたり。

どちらにせよ、僕が出会う新たなRoomメイトはこれからせいぜい1人~2人といったところ。

振り返ってみれば、僕は9割方Flatメイトに恵まれた生活を送る事が出来たと思う。

古くて、小汚いこのFlatも僕にとっては愛着のある場所。

なんてたって、ここでずーっと住んできたから。

さてさて、今週末も若い「フリ」して夜の繁華街Pacavilleにくり出してみようかと思う。

嫌いで仕方なかった(特に夏の間は)Pacavilleもなんだか愛着が湧いてきた。

残すところあと3週。

悔いの残らぬようとにかく楽しみたい。

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連日の雨雨雨。

マルタでの生活も終盤戦に入った。

僕のクラスの日程上、僕は今のレベルで「卒業」することが決定した(12月下旬に次のレベルテストがあるらしいが…もちろんその時僕はマルタにいない)。

最近のマルタはほぼ毎日と言っていいほど雨が降っている。そして風もやたらと強い。

日本の梅雨よりその頻度は高い。

夏のあの「いかにも」南国的な天気はどこへやら。最近、まともな青空を見ていない。

しかしながら、今年の夏は本当に長かった。

来た当初(5月下旬)は若干涼しい日もあったのだけれど、6月から10月の上旬までずーっと海水浴を楽しめる気候だった。

それに日本のように梅雨があったり湿気の多い夏ではなく、ほぼ毎日が快晴。

そんな今までの人生で一番長く暑かった(40℃以上も何度か体験した)夏も遂に終わり、そして僕のマルタ滞在も1ヶ月を切った。

正直、寂しい気持ちもあるけれどかなり充実した時間がここで過ごせた実感もある。

ここへ来たのはたかだか4ヶ月半程前の事なのだが、遥か昔のようにも感じる。

それだけいろいろな出会いや出来事があったし、濃密な時間だったという事だと思う。

英語の面でも勉強不足なのは反省しているが、それでもここへ来た頃の事を考えれば、随分「マシ」にはなった。

生まれて初めての自炊生活でもあったのだけれど、ここまで体重が特別減る事も増えることもなく…それなりにうまくやりくりしている。

最近はクラスで

「Masaは料理が出来る奴だ!」

等の認知されている。少なくとも彼等は僕のレパートリーの少なさを知らないのだろうが…。(肉じゃが、パスタ、炒飯…あと数品)

しかし、26年実家暮らしでまともに料理などやったことなかった男も料理の面でも間違いなく成長した。

自分の成長を自分で感じ取れる事は本当に楽しい事。特に30歳という年齢もチラついてきた(猶予期間3年4ヶ月)今日この頃においては…。

一つ気がかりなのは、体力的な衰えだが…。

そうそう、昨日はEuro2008予選「マルタ-モルドバ」戦を見に行った。

世界中でこの1戦に注目するのはそれぞれの自国民くらい。

なんてたって、グループの最下位争い。Euro2008出場なんて夢のまた夢。

前回のホームの試合では強豪トルコ相手に2-2の大健闘を演じたマルタだったが、今回は同じく弱小国モルドバに前半で0-3と試合を決められてしまうお粗末さ。

最終的にはモルドバも1人退場者を出し、マルタも試合終盤に2点を返したが2-3とモルダバに敗北。

今回試合を見るにあたって、ウォーミングアップの段階でマルタの負けを予感した。

もくもくと試合へ向けてウォーミングアップするモルドバの選手に比べ、マルタの選手はどこかダラダラ…。

前回のトルコ戦では

「マルタ人サッカー選手はハードワーカー(働き物)だな」

と思ったものだけれど、今回はトルコ戦との「やる気」の差がはっきりと感じられた。

その辺の「ムラ」もマルタ人らしいと言えばそれだけなのかもしれない。

さて、ここで4ヶ月前の写真を掲載(懐かしい…)

P6041158.jpg


僕もちょっと前まで若かったんだなぁ…。

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秋がきた。

地中海のリゾート地マルタにも秋の気配…というかもうほとんど秋そのもの。

6月から9月の間に雨は3~4度しか降らなかったのにここ最近は日本の梅雨のように連日雨が降っている。

ここ数日の天候はEnglandなみに酷い。

遂にマルタにも雨期到来か。

気温の方も最高気温がせいぜい25度前後というた感じになってきた。

海水浴を楽しむには寒い。

僕のマルタ生活も残り4週。

ここで20週を過ごしてきた僕にとって、それは短すぎる時間。

でも

「やり残したことは?」

と聞かれても、これといった答えもなく、あとは学校にちゃんと通い英語を勉強するくらい。

先日は好きでない夜の繁華街Pacavilleにも出かけ、朝の5時近くまで飲んでいた。

Pacavilleも夏に比べれば、かなり「マシ」になってきた。

きっとマルタを離れればPacavilleすら懐かしく思うだろうから、今のうちに無理してでも楽しんでやろうと思うようになった。

マルタ後の海外生活に関しても、いよいよ大詰め。

現在は学校・滞在期間も大方決まったという感じ。

しかし、ここで悩んでいるのがエージェントを通すか否か。

僕のエージェント選びで最低条件は

「学校の定価を超す価格を請求しない」

という事。

そもそもエージェントは仲介の際に学校から幾分か「仲介料」としてゲット出来る。

だから、その時点で多少なりとも儲かってるはずで、それにプラスして訳のわからない高額の手数料等はボッタクリ…と僕は思っている。(サポート体制が整っているのならいいが)

まあ、そんな既定で依頼したマルタ留学のエージェントにいくらか頭を悩ませたのも事実だが…。

今回も一つのエージェントに絞り込み、そして申込…というところまでいったのだけれど、最後の「申込前に規約をお読みください」の『規約』のキャンセル規定に僕は引っかかった。

キャンセルの際80%をお返ししますと書いてあるが、そもそもの学校のキャンセル規定が80%なら

学校のキャンセル規定80%×エージェント殿の規定80%=64%ということになる。
いやいや…。これはどうも納得がいかない。

別に申し込み後キャンセルはしないのかもしれないが、何かやっぱり引っかかる。

実はエージェントとの連絡と並行して、僕の中途半端な英語で学校とも直接コンタクトを取っていて、今は直接申し込む方に傾いている。

せっかくマルタで英語を学んだのだから、それくらいは出来ないと…という気持ちもある。

学校から正式な回答があれば、直接学校に申し込むつもりでいる。

最初は「郊外の安い学校」とエージェント殿に紹介していただいたのも事実だけれど…。
生活の地は「学生の街」Oxfordという事でほぼ間違いない。

11月19日~2月15日まで学校に通うつもりでいる。ただし学校のクリスマス休み(1週間)にプラスして年末年始も1週間休むつもりでいるから、実質11週ということになる。

学校やコース、アコモデーション(住居・滞在方法)に関しては正式に決まってからまた報告したい。

とはいえど、約1ヶ月後には新生活がスタートする訳で…。出来る限り早く決着をつけたいというのが本音だ。

さてさて、ブログに関しては最近若干更新頻度が落ちているのは自覚しているが、要因の一つは「宿題」。

基本的に宿題くらいしか部屋では勉強しないから、良い事ではあるのだが、こんなに連日宿題が出た事がなかったから戸惑っている。

クラスのレベルがあがり、授業内容で文法をやる事はほとんど無くなった。ほとんどボキャブラリーや熟語の授業。

自分に一番足りていない部分なのであるが、授業でいきなり出てきたって使う場面がなければなかなか頭に入ってこない。

そして…このブログもめっきり最近アクセス数が減ってきた。

僕のブログに対する「やる気」を測られているようで怖い。

でも今はブログより残りのマルタ生活の方が絶対に大事だから気にしない。

気にしない気にしない…。

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夏の終わり

今、森山直太郎氏の『夏の終わり』を聞きながら執筆中。

今のマルタにぴったりの曲。

マルタも遂に夏の終わりがすぐそこまで来ているといった感じ。

日中の昼間は日なたならまだそれなりに暑いが、日陰や朝夕はもう秋を感じる。

夏は荒涼とした風景が広がるマルタだが、最近は時折雨も降るようになり、徐々に木々も青くなってきた。

ちなみに、マルタは冬に一番木々が青々となる…。日本とは全く逆。

ここで日本らしい「小さい秋」は見つけられない。

しかし、夏も終わるとなるとどこかやはり寂しい。

僕がマルタを選んだ大きな理由な一つに

「夏らしい夏を過ごしたい」

というのがあった。

そもそも留学するに当たって最初からEnglandに行く予定だった。

しかし日本の夏らしい夏が大好きで、Londonだと海すらない…。

そこで海沿いで留学出来そうなBrightonの学校を探し、そこの一つの学校がマルタにも校舎を持っていた(今通っているECではないが)…これが僕のマルタ留学のきっかけだった。(過去の記事にも書いているがちょっとおさらい)

僕は大好きなサッカーの母国よりも、海に囲まれたマルタを選んだのだ。

そのくらい僕にとって「夏らしい夏」は重要な要素だった。

この夏何度Beachに行ったことか…。

日焼けのおかげで僕は一部でタイ人呼ばわりされている。僕がマルタに上陸した頃の写真を友達に見せるとほとんどの人が

「What happened to you?(いったい君に何があったんだ)」

という。

そのくらい僕は海外の夏を満喫し、そして容姿まで変化させていった(髪と鬚と肌が主な要因だけれど)。

そんな夏も終わろうとしている。恐らくはこれが最初で最後の海外で過ごす夏…。

そう考えるとやはり寂しい。だが、僕の海外生活自体はまだ半分以上が残っている。

僕が次に目指す場所は、マルタに比べれば極寒のEngland。

でも今度はサッカーの母国で、サッカー観戦でも楽しみながらの生活をしたいと思っている。

僕が行くであろう場所はやはりOxford。

僕がOxfordに行くというと、ほとんどの人が

「大学?」

と返してくるが、そんな訳ない。そんな学力は僕にはないし、そこに入る努力をこれからする気力もない。

マルタと同じく英語を学ぶ学校に通う予定。

期間は11月中旬~2月中旬という事になりそうだ。

年末年始はどこか海外旅行に行くかもしれない。

今、ちょっと興味があるのは「Iceland(アイスランド)」。

Icelandに行けば温泉に入れそう…とかそういう短絡的な考えからだ。

日本にいれば、Icelandに行くくらいなら他に一杯行きたい所は他にもあるだろうが、Englandからなら距離的にも値段的にも、そして温泉に飢えた僕の気持ちを満たしてくれるのでは…と思っている。

モロッコにもホントは行きたいけれど…お金も時間も僕には不足している。

そうそう、最近自分で気付いたのが、僕の文章はアルファベット(England等)とカタカナ(マルタ等)が適当に振り分けられているという事…。

まあ、読んでいる方はあまり気になってないとは思いますが。

今日は最後に首都Vallettaから撮ったSliema側の写真を掲載。

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この地中海の風景も記憶に焼きつけておかねば。

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気付けば10月ですよ。

時が経つのは早いものでもう10月だ。

最近知り合った友達は僕が5月からマルタにいることを伝えると大抵は驚かれる。

確かに間違いなく、僕の26歳の夏は地中海の島国・マルタで越した。

そして26歳の冬はEnglandで越し、そして27歳となればヨーロッパの旅に出る…。

ロシア人Roomメイト、Alexeyが去った後は、おそらく最初で最後!?の日本人ルームメートがやってきた。

その名もMasanao。僕と同じMasaだが、彼はNaoと呼ばれていた。

だから僕もNaoくんと読んでいた。来年就職を控える24歳の大学院生。

彼と同じ部屋で過ごしたのは1週間だけで、彼も既に2日前にに日本に帰国した。

そしてイケメンNerminも母国スイスへ…。

P1030563.jpg


Nerminカッコよすぎだよなぁ。

ロンドンから帰国後1週間は日本人ルームメートNaoくんと共にこれでもかというほど日本語で喋った。

ま、たまにはそんなのもありかなと…。

英語に直向きな学生は日本人同士でさえ英語を喋るが、僕にとっては言語の一つ…という感覚だから、そこに外国人が混じっていない限りは日本人相手には日本語を使う。

わざわざ、英語を使ってDetail(詳細)が言えず、うまく相手に伝わらなかったり、誤解を招いたりする方が僕にとってはよっぽど煩わしい。

最近の僕のその辺の割り切りは、1、2ヶ月前にはなかったものだ。

英語に関して言えば、自分の出来ないことがはっきりしてきたからという部分もあるかもしれない。

変な焦りはもう僕の中にはない。もしかして知らず知らずのうちに妥協しているのかも!?

Nerminとは結局1度も一緒に遊ぶ事はなかったが、お互い良好な関係は気づいていた(と思う)。

そして、NaoくんとNerminが去った後、AndreaとStafanoとい30過ぎのイタリアはボローニャ出身のオジサン達がやってきた。

そしてもう一人、僕のNew RoomメイトAhmetというこれまた30過ぎのオジサンがやってきて…。

部屋の最年長から気付けばいきなり最年少である。しかも唯一の20代。

しかし、イタリア人の2人は2日目に違う部屋を見つけたとかで、そちらに引っ越していった…滞在期間1泊2日。

なので、今は僕とAhmetが2つの部屋をSingle Roomとして一人づつで使っている。

Ahmetはかなり大人しいオジサンで、マルタ生活の中で一番静かなFlat暮らしとなっている。

先週末にはNathalieというインド系フランス人と牛タンゲームの虜のスイス人Fabienneもマルタを去った。(共にスペルには自信なし)

近頃は僕が来た頃からいる…ないしは同時期にきたヨーロピアンが続々と帰国していて、また気候も徐々に涼しくなってきてどこか寂しい。

お別れはやっぱりいつも辛いもの…。

日本で「お別れ」と言えば「卒業」や「転勤・引っ越し」となるが、またスケールが違う。

皆、それぞれの「国」に帰るわけだから。

でも、僕はせっかく出会ったのだからこれからも連絡を取り続けたいと思っているし、いつかきっとまた会えると思っている。

そう思うと、別れの辛さも軽減される。

しかし、古い友達が減ってきているのを見る限り、僕も生活の場所を変える時期が来ている事を感じる。

26年間福岡で実家暮らしだった僕にとって、ここは僕の人生第2の生活の地。

確かにマルタには改善すべき点が多々ある。

それでも僕はマルタが好きだ。

実際僕のここでの生活も残すところ1ヶ月。

悔いの残らぬよう残りのマルタでの生活を満喫したい。

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ロンドン、その後…

随分、更新をサボっていた。

日常生活がそれなりに忙しかった証拠かもしれないし、それはそれでいいとして…。

ちょっとこの辺りで近況報告。

まずロンドンからマルタに帰国当日にJ氏のお別れパーティ。

部屋に帰らず、スーツケースを抱えたままJ氏の部屋へ…。

J氏がマルタに再来されてから、僕がロンドンに発つまでの1週間本当にお世話になり、いくらか頂き物までしたりした。

Suzukiくんは僕がロンドンに行っている間もずっとJ氏と一緒にいたようで、Jストレス(略してJS)になったとも言っていた。

後半は僕もJ氏には反抗的な態度をいくらかとってしまって、J氏に僕はかなりの頑固者ないしはひねくれものと映ったかもしれない。

テレビでしか見た事がなかった人と飲んだりBBQしたり、ウニを取りに行ったり、英語を教えたり…日本では現実的に考えられない事が、日常となっていた日々だった。(マルタでの生活全てがそう言えるかもしれないが)

そんなJ氏を囲み盛大なお別れパーティが開催され、相変わらずたくさんのお酒とたくさんの食べ物を御馳走になった。

何より開始時間を僕の帰国の時間に合わせて頂いた!?事は心より感謝したい。

そしてJ氏はマルタを去った。

さて金曜日のパーティ終了後、部屋に帰宅するといつの間にかAlexeyがマルタを去っていた。

てっきり週末にロシアに帰るものと思っていたし、もう一度会えると思っていたから、正直寂しかった。

そして「発つ鳥跡を濁さず」をAlexeyはきっちり実行していた。

キッチンの片付き用が素晴らしかった。

彼とは実質1週間の付き合いだったが、彼は僕のロシア人イメージを良くしてくれた。

いつの日か、モスクワ…ないしは日本で彼に会いたいと思う。

その翌日は前回記事でもわかるように、マルタにあるビーチに泳ぎに行った。

ここでファビエンというスイス人の女の子と知り合う。

マルタ大好きの18歳。

マルタには既に何度か来たことがあるらしい。

海ではJ氏に頂いたシュノーケルを装着して、マルタの海を堪能し…気候に関しては言うまでもなく…だけれどマルタの方がイギリスに比べてて遥かにいい事を身を持って体感した。

この日は日本ではお馴染み?の「牛タンゲーム」をファビエンに日本人友達がレクチャーし、マルタのビーチで

「ギュウ・タン・ギュウ・タン・ギュウ・タン・タン♪」

この牛タンゲームをその後の1週間で、一生分くらいすることになる…もちろん牛タンゲームの虜となったファビエンと。

そして月曜日。1週間ぶりに行く学校はどこか新鮮味を感じた。

僕がいつも通り教室に行くと…

明らかにクラスメイトではない人ばかりがそこにいた。

「あれ?この1週間の間に何が起こったんだ???」

しかし、運良くその隣の教室に1週間ぶりに会う面々が。

「クラスルーム変わったのか」

僕はそう思ったが、どうも先生も変わっている。僕がマルタに来た当初に授業を受けていたDeniseという若いマルタ人の女性の先生がそこにいた。

「Hi Masa あなたの名前はここにはないわよ。オフィスに行って確認してきて」

と。そして言われるがまま僕がオフィスに行くと

「あなとクラスは先週テストを受けたのよ。だからあなたも受けないといけないの」

…待てよ。確かに僕が旅行中にテストがある事は聞いていた。

そもそも学校のテストにはプログレステストとレベルテストの2種類があり、前者は生徒の進歩を図るためのもの、そして後者はクラスのレベルが上がるか否かのテスト。

学校や先生にとっては生徒の上達具合の方が気になるから前者の方が重要になるが、生徒にとっては後者の方が当然与える影響が大きい。

で、僕の旅行中にプログレステストがあると聞いていた…だから帰国後に放課後にでも軽い気持ちで受ければいいやと思っていた。

しかし、どうやら僕のクラスは僕のいぬ間にレベルテストを受けたというのである(後から聞いた話ではクラスの皆もテストを受け終わるまでそれがレベルテストであることは伝えられなかったらしい)。

という事で、僕はレベルテストを受けない限りクラスが確定しないという事になった。

突然、別室で一人僕はテストを受けることに。もちろん心の準備など出来ぬまま。

月曜日はテストを受けるだけの日となってしまった。

そして火曜日…僕はどうやらHigh-Intermidiateというクラスに昇格したらしく、同じく先週にほぼ全員が昇格したクラスメイトの元へと戻ることが出来た。

という事で、僕の一番の恩師と言ってもよかったGregの授業はいつの間にか終了し、そしてDeniseの授業を再び受けることになった。

前回のSicilyの旅の時といい、今回といい僕が旅行するとクラス替えがある運命らしい(今回はそれほどクラスメイトの変化はなかったけれど)。

とりあえず…だけれど8段階あるクラスの下から3番目のクラスからスタートした僕は、上から3番目のクラスまでレベルアップする事が出来た。

でもまだまだ、僕の英語力は乏しいから、早く今のレベルの生徒らしくなれるように頑張りたい。

最低でもマルタを去る時にはそうありたいと思う。

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ロンドン後半戦

中盤戦まで若干旅日記がくどくなってきているように感じるので、後半戦は今回僕がイギリスで感じた事を中心に記事を書いてみたい。

3日目は地下鉄を駆使してLondonの主要な観光スポットを一気に周った。

バッキンガム宮殿、ビッグベン、ロンドン塔(見るだけ)、タワーブリッジ、ハロッズ、そしてお買物…。

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ロンドンは観光都市という色合いが強い訳でもなく、東京のような大都市なのであるが、その街並みや建造物には趣が感じられる。

今回の旅では度々、コンビニに菓子パンを購入し空腹を凌いだのだけれど、この「菓子パン」ですら今の僕には有難かった。

というのもマルタは確かにパンの価格は日本に比べ安い。…がしかしそのバリエーションが乏しすぎる。

主に、食パンやフランスパンといった主食になりうるようなパンばかりで、おいしい菓子パンなのマルタには皆無なのである。

なので、Londonで食べたチョコクロワッサンやスコーンは僕にとっては非常に貴重な味だった。

さてさて、Londonには本当にたくさんマルタとの「違い」があった。(マルタも「元」英国領なのだが)

通勤客でごった返す地下鉄、いつもすっきりしない天気、9月なのに冬を感じる寒さ、大都会らしくさまざまな人種が行きかう街並み…。

マルタを全て知っているとは言わないが、もはやここで真新しい物を感じるものはほぼないという感じになってきた。

そんな僕にLondonの「空気」は非常に新鮮なものだった。

例え、天候が悪かろうとも…。

さらに僕は再び11月からEnglandの地を訪れ、それから2~3ヶ月滞在する予定なので、生活する環境としてどうなのか…というのを予め感じ取っておくのも重要な事だった。

一つ言えるのはLondonは学生として住む場所ではないのかな…という事。とにかく何でも高い。

余計にLondonは避けるべきだという思いが強まった。(Jimの話も含め)

そして英語を学ぶ場としてはマルタより遥かにいい場所なのかな…とは思った。

というのも、到る所から英語が聞こえてくるわけで…マルタではマルタ語が、最近ではスペイン語もよく耳にするが、流暢な英語は学校の先生・職員以外から聞けるチャンスはテレビ以外にマルタにはほとんどない。

なので、イギリス人や前回の記事で書いたアメリカ人Jimの英語を聞いた時は正直面食らった。

何せ流暢過ぎる(アメリカとイギリスで使われる英語にも違いはたくさんあるが)。

しかし、それは自分の中でいい意味のショックなのだ。これが本場なのかと感じさせてくれるから。

さらに今回の旅で感じたこと…Englandはさすがにさまざまな人種の人々が共存する都市とあって、アジア人の僕に対して全く偏見の目を感じなかった。

マルタには残念ながらアジア人全員を悪意を持って「チャイニーズ!」と呼ぶ輩もおり(Englandにもゼロではないだろうが)、その辺りの許容範囲の広さは感じた。

そして、4年前生まれて初めての海外旅行としてEnglandを訪れた際に感じた

「日本に比べてなんてサービスが悪いんだ!」

という思いだが、今回は比較対象がマルタとなったので

「マルタに比べて店員は礼儀正しい人が多いな」

といった具合だった。マルタの店員は本当に無責任な奴が多い…。(あくまで割合の問題だが)

さてさて、今回のEnglandの旅…出費も多かったが、得たものも多かった。

11月以降の自分の海外生活のイメージをそれなりに持てるようにもなった。

そして、僕はマルタに無事帰国し…(イギリス出国の際にもマルタのビザの有無を突っ込まれたけれど…)やっぱりマルタはまだ夏だった。

コートを着て帰国した僕は、次の日にはマルタの海で海パン一丁で泳いでいるのでした。

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ロンドン中盤戦

さて、到着して1日目。

宿に荷物を預けてから始まった僕のLondon観光。

依然として雨は強く降っている。

宿の管理人によると

「これ程の雨は久しぶり」

との事。何て運が悪いんだ。ちなみに僕がLondonに来る前のマルタも2日連続で雨が降った(僕のマルタ生活初!)

日本では晴男だったはずが、海外では思いっきり雨男である。

イギリス人は大した雨でなければ傘を差さない事で知られているが、そんなイギリスのロンドンっ子の95%は傘を差していた。残りの5%は僕と同じくうっかり傘を忘れたパターンだろう。

今回の旅で2日目、3日目はある程度計画を立てていたけれど、1日目はほぼノープラン。

という事で、4年前に訪れたピカデリーサーカスやビクトリア駅周辺をプラプラする事に…。

しかし僕にとって久々の「都会」とあってスーツでビシッと決めたビジネスマンが街中を歩くさまは新鮮だった。

ビジネスマンに限らず、街中の全ての人々がカッコよくみえる。ロンドンという世界的にも有名な大都市で「生活」を営む人々は…なんというかマルタでのんびり生活している僕らより2,3歩先を言っているように見えた。(うまく説明できないが)

マルタの場合、バスの運転手なんてヨレヨレのシャツにサンダルがスタンダードの国である。

いずれにせよEnglandとマルタとの違いはSicilyとのそれより遥かに大きかった。

「海外」というものにはすくなくとも、もう慣れきっている部分があるので

「外人ばかりだ~」

とか

「建物がヨーロッパっぽい~」

といった感動はかけらもないのだけれど、それでもマルタとの違いが非常に大きいだけにマルタの生活に真新しいものを何一つ感じなくなってしまった僕にとっては刺激的な街だった。

さらには有り余る時間を利用してサッカーの聖地(Englandは言わずと知れたサッカーの母国)ウェンブリーに行ってみた…

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しかしスタジアムここ数年で新築され、確かに「聖地」に変わりはないのだけれど、その趣は感じられなかった(素晴らしいスタジアムである事は確かだが)

1日目はひたすらLodon内をプラプラ…。

そして2日目、この日は1日ツアーに参加した。

まずツアーで向かったのは世界一ラブリーな城と言われるリーズ城。

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確かにラブリーかもしれないが、これが世界一と言われると「ん~…」な感じがする。

しかし、ツアーでは城の内部にも入りいろいろと見て回ることが出来たのだけれど、これが意外と面白かった。

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しかし、Englandでは既にコートが必須アイテムだ…(マルタでは未だにハーフパンツに半袖が当たり前だが)

次に訪れたのは世界遺産でもあるカンタベリー大聖堂。

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さすがに世界遺産とあって、ヨーロッパの教会を見飽きてしまった僕にもその凄さは伝わってきた。

ちなみに、ここでツアー参加者の一人と話すようになった。どうやらアメリカはテネシーからの観光客で初老の男性。その名もJim。

少し足の悪い奥さんを伴っての今回の旅行のようだが、リーズ城で彼とはほんの少しコミュニケーションを取っていて、それで親しみを覚えてくれていたようで、カンタベリーの集合場所で彼から話しかけてきてくれた。

そしてツアーは続き、海の向こうにフランスを望むドーヴァーへ…。

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ドーヴァー名物?のホワイトクリフが見える。

そしてそれからドーヴァー近くの小さな村でアフタヌーンティーとなっり

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Jimと奥さんは最初は2人掛けのテーブルに座ろうとしていたが、僕が4人のテーブルに座ろうとした事で、彼が

「一緒に座るよ」

とこちらに来てくれた。そしてアフタヌーンティーの間しばし談笑。

この時、自分でもはっきりと実感出来た

「4年前とは全く違う旅が出来ている。マルタで少なからず進歩している」

と。

4年前は英語で語らう等全く出来なかった。それが、それなりにコミュニケーションはとれるようになってきた。

ただ、僕の発音が微妙に違い彼がなかなか理解出来なかった場面がいくつかあり、その辺は自分の実力不足を痛感したし、リスニングも彼の言っている事を100%理解出来たわけではなかった。

しかし、ネイティブの人と会話する事でその辺りの課題がはっきり見えてくるし、短いアフタヌーンティータイムではあったけれど、物凄く有意義な時間だった。

Jimとはツアー終了前にお互いのアドレスを交換し、彼は住所まで教えてくれた。

まさかこんなちょっとした1日ツアーでこんな出会いがあるとは思っていなかったけれど、これも運命なのかもしれない。

例えば、これがきっかけで僕がテネシーに訪れるかもしれないわけで。

彼は話の中で、僕が次の留学地としてOxfordを選ぼうと思っている事を伝えると

「Oxfordはいいぞ!Prettyな街だ!」

と仰っていた。次はやっぱりOxfordかなぁ。

出会いはいつも僕にきっかけを与えてくれる。

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ロンドン前半戦

今回のEnglandの旅、まずは前半戦…。

まずは、マルタ出国。

マルタは出国はもちろん、入国も滞りなく出来る国。悪く言えば「緩い」国。

何の問題もなく出国手続きを済ませたが、一つだけ問題が発生。

行きの飛行機が1時間遅れるという。

しかも遅れる理由は

「使用する飛行機がまだEnglandからこちらに到着していない…」

だという。つまり飛行機がこき使われているということだ。

ちなみに僕が今回利用したRyan Airはヨーロッパ内を格安で運行するヨーロッパでは最大級の航空会社。

区間や期間によっては片道0.01ユーロなんて値段を出している事もある。もちろんこれに税金や荷物を預ける際の手数料を取られたりするわけだが。

なので、余分なコストは徹底的にカットしてある。

座席は全て自由席。機内食は希望者のみ有料で。航空チケットは厚紙に毛が生えた程度…。

そんなRyan Airを初めて利用したが、遅延以外は特に問題もなく予定より1時間遅れでLondonのLuton空港に到着した。

到着したのは現地時間(1時間だけ時差がある)の深夜12時過ぎ。

まずLondonに到着して最初に感じたこと

「寒い…」

ある程度覚悟していたが、ここ4ヶ月ずっと半袖で暮らせる場所で生活を送って来たのだ。

覚悟はしていても、寒い感覚を体は忘れてしまっていた。

そして、Englandらしく雨…マルタもここ最近雨が降るようになったとはいえ、飛行機を降りてすぐに寒さにプラスして雨とは…Englandの洗礼をモロに受けてしまう。

次に入国。イギリスは入国審査に関してその厳しさで知られる国。

僕が聞かれたのは

「なぜEnglandに来たのか?」「観光」

「何日間滞在するのか?」「5日」

「仕事は?」「学生。っていうかマルタに住んでいる」

で、この最後の質問が審査官には引っかかったようだ。

「マルタのビザは?」「え?」

「だからマルタで学生をしてるんだからビザがあるだろ?」「ないっす。」

「どういうことだ?」「日本人はビザは必要ないんだよ」

「ビザはないのか?最後にマルタに入国したのはいつだ?」「これっす(Sicilyからの帰国時のスタンプを審査官に見せ)」

「これでどんだけ滞在できるんだ?」「3ヶ月」

「マルタでは何を勉強してんだ?」「英語だけ」

そして、審査官は渋い顔をしたまま入国のスタンプを押し、何とかイギリス入国に成功。
イギリスへの入国というのに、マルタのビザにまで厳しい突込みがはいるのだからさすがだ。

しかし、こんなやりとり絶対に4年前は出来なかったから、そういう意味では僕の英語はマルタで成長した事は確かだ。

そして、人生初の空港泊挑戦…してみたが、持ってきた上着を全部羽織っても寒い。

正直甘く見ていた。

寒さを完全にしのぐには毛布ないしは寝袋が必要だった。

そんな、寝心地の悪すぎる空港の一角で4時間以上を過ごした(実際寝れたのは2時間くらいだろう)。

5時を過ぎ、空港に人が増えてきた所で僕もLondon中心地へ向けて移動開始。

今回は鉄道、地下鉄という交通手段を用いたが、その値段が高いのなんの…。

Luton空港からLondonの中心地までの鉄道の片道で、マルタのバスなら僕の住む地域から首都バレッタまで10往復以上出来てしまう。(もちろん距離は全く違うが(LutonからLondonの中心地までの距離はマルタの端から端を超える距離だろう))

しかし、今回はあくまで旅行だ。ケチるわけでもない。

そして、2時間近くかかってそれから4泊する宿に荷物を預けに行った。

地下鉄の駅から宿に向かう途中、傘を持ってきていなかった僕は雨に打たれる…。そして思った。

「マルタに帰りたい」

あまりに天気が悪すぎる。空港泊した時点で僕の体は冷えきっていたというのに、容赦なく追い打ちをかけてくる。

前日までいた温暖で晴れの日ばかりのマルタから、たかだか3時間移動しただけでこんなにも天候がちがうものかと…。

僕のテンションが下がるばかりの4年ぶりのLondonだった。

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