竹的雑感記~ヨーロッパ生活…その後~

ヨーロッパでの経験を活かし…東京砂漠で奮闘中。

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で、近況はというと。

最近は少し前の「ネタ」を記事にすることが続いたが、ようやく現状をリアルタイムで更新。

学校は2週目に突入。ただ、寒さも手伝ってなかなか朝が起きれない…。

マルタではたった半年間で3度遅刻しただけ(欠席なし)だったのに、ここでは2週間でそれに追いついてしまった。

先生からもその辺りは信頼されていない。遅れてくるイメージが若干定着しつつある。

しかし言い訳は出来ないからこれから皆勤賞のつもりで通わねば。

そもそも安くはないお金を今の生活に対して払っている。何かしらを無駄にしてしまう事は自分のお金を捨てているようなことになる。

ここで今僕を取り巻く環境を少し紹介。

Stay先のHost FamilyはHost Mother一人だけ。息子が一人いるようだが、その息子はなんと日本に3年住んでいるらしい。

旦那さんはいない模様。ただその編の事情は今のところ…というかこれからもずっと聞かないだろう。

Stay先には他にポーランド人とカザフスタン人が住んでいるが、皆活動時間がバラバラのためあまり顔を合わせる機会は少ない。

ポーランド人に至ってはまだ1回しか見た事がない。Host Motherでさえ滅多に会わないという。

学校の先生はジェーン(スペル未確認)という当然England出身の女性。年齢は…若干僕よりも上だとは思う。

学校自体Malta時代に比べれば遙かに規模が小さく、学校の生徒同士大半が顔見知り…みたいな感じ。

そして最近もいつもこの3人組と一緒にいることが多い

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しかしこの内の一人エドワルドは今週末母国スペインへ…。

出会いと別れの連続というのはMaltaもここも変わらない。

そして今、考え事が一つ…。

学校がクリスマスか年末にかけて休みになり、僕も住家がないためどこか海外脱出を考えているのだけれど、その行き先を絞れずにいる。

条件は

①比較的安くいける。

②来年予定しているヨーロッパ一人旅でいけないであろうところ。

の2点。で、僕の候補は7カ所。

1.イギリスを安宿を巡りながら観光

2.アイルランドへ行く(ダブリンあたり)

3.アイスランドへ行く(温泉辺り)

4.モロッコに行く(砂漠あたり)

5.バルト3国に行く(エストニア、ラトビア、リトアニア)

6.スウェーデンに行く(ストックホルムあたり)

7.マルタに舞い戻る…。

さすがに7.はない気がしている。

でもどこも一長一短。

行くのは安いが物価が高いとか。その逆とか。

どこがいいと思います?
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いよいよ始まった新生活。

日曜日の夜母と別れた後、バスに2時間揺られLondonからOxfordへ。

その時の天候の悪さと言ったら…。

雨は降るわ、気温は低いわ…幸運だったのは予めHost Familyの元を訪れ最寄りのバス停を聞いていたこと。

聞いていなければ総重量30KGは超えるであろう荷物を30分以上かけてOxfordのCity Centreから引きずる事になっていただろう。

という事で僕の今回のStay先はCity Centreから手ぶらで早歩きしても20分というところ。

学校はそれより若干近いがそれでも15分以上は歩いてかかる。

Maltaでのそれと比べれば遙かに距離は延びたことになる。

Maltaの留学生なら「遠い!」と文句を言いたくなるであろう距離なのだが…。

そして月曜日初登校。

僕のクラスのレベルはIntermidiate。…と聞くとMaltaにいたころのHigh-Intermidiateから降格したようにも見えるが、ここにはUpper-IntermidiateかIntermidiateのクラスしかなくその間のHigh-Intemidiateがない。

という事で僕にまだUpperは早いので、必然的にIntermidiateのクラスという事になった。

授業スタイルや教室の雰囲気まですべてMaltaと違うから正直最初は戸惑った。

そしてIntermidiateというクラスの性質上、クラスメイト同士でも非常に実力に開きがある。

正直なところMaltaの最後のクラスメイトだったメンバーよりもクラスメイトのレベルは下かな…といったのが第一印象。

クラスの国籍はスペイン、コロンビア、リビア、スペイン、日本、ハンガリー、トルコ、パキスタン。

トルコ、スペインそして日本人は本当にどこにいってもいる…といった感じ。

学校にも結構日本人がいるようだけれど、2週目に入った今も幸か不幸か親しい友人はおらず。今の自分にとっては「幸」なのかもしれない。

とにかく最初の2~3日はMaltaとの違いに苦しんだ。

「語学留学」という同じ生活形態のはずなのに、それまで半年間過ごし慣れきった環境からの変化は僕を苦しめた。

それでも積極的に友達の輪に入っていこうとトライし、そしてスペイン人のエドワルド、アルヴァロ(共にスペル未確認)とトルコ人の18歳Berkan(母親はハンガリー人)あたりとよくつるむようになる。

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とにかく積極的に人づきあいをしていこうとする姿勢はMaltaで得た僕の専売特許!?なのかもしれない。

そして、僕のStay先に関する話を彼らとしていたら

「お前歩いて学校に通えるのかよ!?ラッキーだなぁ」

との事。

London等の大都市なら公共の交通機関を利用しての通学も理解できるが、ここOxfordという地方でも大半の生徒がバスでの通学らしい。(特にHome Stayの場合)

最初の「遠い」という僕の第一印象はどうやら間違っていたらしい。

そして、とにかく今の環境に慣れようと努力し続けた1週目。

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楽しそうにしているけれど、これでも相当いろんな戸惑いがあったんです。

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模様替えしました。

みなさんお気づきの通りブログの雰囲気をガラリと変えました。

以前の「常夏」をイメージさせるものから、落ち着きのあるイメージへ。

いつまでもマルタのままのイメージというわけにもいかず、自分の中で気持ちを切り替えるためでもあった今回の模様替え。

「文字が読みにくい!」

等のクレームがありましたら、是非コメントください。

あまりそこまで真剣に読んでいる方はいないと思いますが。

そして、タイトルも若干変えました。

「Malta」という文字を残した理由に、まだMalta(マルタ)という国が留学地として十分にメジャーではなく情報も特別多いわけでもないので、藁にもすがる思いで僕のブログにたどり着く人がこれからいるかもしれない…という思いからです。

少なくともEnglandへの留学なんて情報をいくらでも溢れていますし。僕のブログを参考にする理由などあまりないでしょう。

新生活がスタートして2週間目…この生活(11週滞在予定)はきっとあっという間に終わってしまうことでしょう。

先日、マルタに行く前までのブログを自分で読み返してみたのですが、今となっては忘れてしまった過去の自分の「感覚」が書き残されていました。

自分自身「ん!?」と思う部分(どこか違和感を覚えるような文等)もなくなないのですが、これからも今の自分の考えた事、感じた事を書き記していこうと思っています。

客観的にここの天候(曇りや雨が多すぎる…)やライフスタイル等の影響からこれからの記事は若干内向的になるのでは…と自分で感じているのですが、どうなることやら。

すくなくともこれを読んで僕の生存だけでも確認していただければと思います。

それではこえからも地道に更新していきますのでよろしくお願いいたします。

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母と行く珍道中(イギリス周遊篇(Windermere~London))

カメラの紛失に気付いたのはWindermere到着後というなんともマヌケな僕…。

しかし、それが見つかるかどうかはもう運に任せるしかない!という事で、気を取り直して母との観光は続く…。

WindermereはEnglandの観光地「湖水地方」のにあり、今回はそこから出発する一日ツアーを利用して、様々な湖を回ることにした。

という事で今回は写真を中心に。

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LondonやEdinbrughでは見られないようなThe United Kingdomが誇る自然。

しかし、地理的な影響もあるだろうがこの日は本当に寒かった…。

そして僕の母の専属カメラマン兼下手くそ通訳の時間は続く…。

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もちろん写真は全て母のデジカメで撮られたものだ。

お互い別々にデジカメを持っていた事でデジカメ紛失という悪影響をあまり受けずに済んだが、逆に考えれば2人で1つしか持っていなければ、もっと早い段階で紛失に気付いたのかもしれないとか考えてしまう。

まあ、それはいいとして…、

その後僕らはLondonに向かうのだが、その途中僕の次の生活の地Oxfordに立ち寄った。

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この国を訪れるのは3度目とは言え、Oxfordは初めて。

「渡英篇」で書いたように僕は十分な学校の書類を持っていなかったため、学校の場所そして自分がどこにHome Stayするのかもわかっていなかった。

母と2人で右往左往しながら、学校に何とか到着しHome Stay先も確認。

Home Stay先は実際母と2人で歩いて行って確認。そして第一印象「若干遠い…」。

何せ僕はマルタで学校一近いDrayton(歩いて30秒)に住んでいたから、どこに住もうと遠いと感じるのだろうが…。

Host Motherは僕の突然の訪問に驚いた様子だったが、いくらか部屋の説明をしてくれた。

そしてOxfordでの用も済み、いざLondonへ。

母の最後の滞在日となった日は2人で1日London観光。

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バッキンガム宮殿をバックに母。

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ビックベンをバックに僕。

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そして夜のタワーブリッジ。

一日パスを駆使して観光地から観光地へと次々と移動し、最後はSOHOで2人で食事してMaltaから続いた2人旅が遂に終了。

母が日本へと帰国する日は時間に若干の余裕があったためLondonのVictoria駅にてしばしお茶して…そして母は帰国。

母にとっては全てが新鮮な風景・景色だっただろうし、半年前に日本を離れ海外生活を送る僕との多少の温度差は否めなかったが、自分なりにアレンジした今回の旅はおおよそ順調にいったかなといった感じだ。

母との息子という異色の組み合わせによる今回の旅…僕はまだまだこれから海外生活が続くが母の心に残る旅となったならよしとしたい。

母と別れた後は再びOxfordへ…。

そして僕の新生活が始まる。

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母と行く珍道中(イギリス周遊篇(York~Edinbrugh))

ロンドンのLuton空港で入国手続きを終えたのが夜12時過ぎ。

9月に同じパターンで訪れた時は空港で夜を明かしたのだけれど、季節も変わりそんな事したら凍死の可能性もあり…今回は母も連れ立ってだったので、空港近くの宿を取っていた。

空港から宿に向かう途中道路脇の芝生に野生のウサギが…。マルタはおろか日本でも見たことのない光景。

そして翌日の早朝より早速移動開始。

今回の周遊の旅は全てチケットをネットで押さえ、駅で発券機から受け取る方法を選択。
フリーパスを買うより安いが、弊害は予約した時間の列車に必ず乗らなければいけないという事。

まずはLondonからYorkというイングランド中部の街へ。(所要時間2時間弱)

この街は4年前の一人旅で訪れた場所。

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4年前も同じ角度で写真を撮った。

初めての海外旅行だった当時の僕はこのヨークミンスターに圧倒されたものだったが、今はまた違った感覚で見えた。

そして英語が通じなくて苦労した昔の事をちょっと思い出したり(当時は22歳の大学卒業間際の学生だった。(遥か昔のことのようだ…))

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4年前いくらかこの街で買い物や食事をしたが、「Thank you」「Sorry」以外はまともに喋れなかったし、本当に苦労した。

正直、このYorkという街ではそういった理由から悔しい思い出もいくらかあり…今回はちょっとした「リベンジ」的な要素も兼ねていた。

Yorkは僕の今の海外生活を送るきっかけとなった場所の一つと言えるかもしれない。

しかし未だ僕の英語は未熟だとはっきり自覚しているが、単純に旅行できるくらいにはなったのかなぁ…と。

そして旅はそこからScotlandの首都Edinbrughへ。

Edinbrughに到着した時点で夕方の18時。まずは宿探し。

駅から程近いホテルをInformationの係員に紹介してもらい1泊。

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学生の貧乏一人旅では泊まれないようなちゃんとしたホテル。そこで翌日の計画を思案中。(地球の歩き方を読みながら)

そして朝からEdinbrugh観光スタート!

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まずはホテル近くのCarlton Hillでたたずむ僕…。

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Edinbrughの街並みをバックにご機嫌の母。

Edinbrughは僕の行ってみたい街の一つでもあった。

Edinbrugh城が町のシンボルとして丘の上に建ち、新市街と旧市街がその両側に広がる町並みは僕にとっていかにも「ヨーロッパ」だった。

しかし、思わぬ悲劇がここEdinbrughで起こる事になるのだが…(それに気づくのはEdinbrughを離れた後…)

Edinbrugh城にも実際入ってみたが、その入場料が高いのなんの…。

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Scotlandまで来てケチるわけにもいかなかったが、次またEdinburughを訪れた時に入城するかは…かなり微妙だ。

そしてScotlandでは「いかにも」な音楽が町中に響き渡っていた。

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その発信源は彼ら。彼らの奏でる音がScotlandをよりScotlandらしくしている…みたいな感じ。

そしてEdinbrugh観光も終わり、次の目的地Windermereへ…。

そして僕はEdinbrughのどこかで5年間愛用したデジカメを紛失していることに気づくのだった…。(もう壊れかけだったし、前日までの写真はPCに保存していたしで痛手は思ったほどおおきくなかったけれど…)

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母と行く珍道中(渡英編)

11月12日、それまで5が月半を過ごした(途中2度ほど海外脱出したが)マルタを離れる事に。

今回、マルタを離れるにあたって利用した航空会社は「Ryan Air」

元々、アイルランドの航空会社…とからしいが、その徹底的なコストカットによる格安航空券でその名をヨーロッパで知られている。

例えばマルタからイタリアのピサまで往復税込で5000円以下で行けるとか…日本では考えられないが、なかなか面白いシステム・考え方を持つ航空会社だ。

もちろんその価格は「早い者勝ち」。そのフライトのチケットが売れれば売れるほど価格は高騰していく。

しかし、そんな新進気鋭な「Ryan Air」も今やヨーロッパでは1,2を争うほどの航空会社に成長したらしい。

Ryan Airを利用しての渡英だったが、コストカットのオンパレードとあって、預ける荷物の最大重量も15KGと他の航空会社に比べて5KG少ない。

今回の渡航費は2人の片道「マルターロンドン」を合わせて2万5千円ほどだったのだが、やはり2人とも4キロ程オーバーしてしまい、追加料金を取られることに…。

が、僕の誠意ある態度が功を奏して(と思いたい)、追加料金は1人分で許してもらった。
1キロオーバーで8ユーロ(1200~1300円)だから32ユーロの追加料金(約5000円)程。まあ許容範囲という事で…。

そしていざ飛行機へ乗り込む。席は全て自由席。

僕の座った隣の席には30代半ばと思われるカップル(子供のいない夫婦…みたいな感じ)。

僕の座った席はたまたま緊急時は援助を要請される席とかで。

「無駄な荷物は持たないでください!」

と口酸っぱく乗務員に僕とそのカップルは注意され、カップルの女性の方は

「F**K!」

と逆ギレ。なかなか面白い人だった。

離陸時にはその女性が

「あなた飛行機は怖くないの?」

との事で

「ノープロブレム」

と答えたのだが彼女は本気で恐怖症だったらしく、離陸時には両脇に座る僕と旦那様の腕を鷲掴みにし離陸の恐怖に怯えていた。

最初は僕もその姿を見て笑っていたのだけれど、彼女の両目から涙が流れるのを見て「そんなに怖いんかい!」と思いながらも、笑いごとではないことを知った。

その後3時間長の移動の間は、運よくフレンドリーなそのカップルの隣に座れたこともあり、特に退屈せず。

僕のまだまだ未熟過ぎる英語と彼らの流暢過ぎる英語(2人ともBritishだった)とで会話しながらの旅だった。

そして無事LondonのLuton空港に着陸。

しかし、今回入国にあたって大きな心配ごとが一つ。

今回新たに通うOxfordの学校から、彼らの手違いで僕宛てに十分な書類(証明書等)が届いていなかったのだ。

最終的に僕がマルタを去る数時間前にマルタの学校にFAXでやっとペラペラの証明書「もどき」を送ってもらったが、イギリスという入国者に対する厳しさで知られる国対してそれで充分なのかはかなり疑わしかった。

そして、ただの観光客の母と共にパスポートチェックへ。

入管「どのくらい滞在するんだ?」

僕「3ヶ月」

入管「Why?」

僕「英語を勉強するため」

入管「証明書か何かは?」

僕「これ(ペラペラのFAXの紙を提示)」

…そしてあっさり入国許可…。

その後母は1週間弱の滞在なので、帰りの航空券を見せて入国許可。

本当に心から思った「日本人で良かった」と。

今までマルタからイギリスに入国して「入国拒否」をされた友達が2人(日本人ではない)過去にいたので、正直かなり覚悟をしていったが、拍子抜けするほどあっさり入国できた。

本当に日本人は世界中で(一部のアジアの国では歴史的な問題もありそうじゃないかも知れないが…)信用されている。

ともあれ、遂に上陸した次の海外生活の地「The United Kingdom」(来るのは3度目だが)

そして母との2人旅はLondon~York~Edinbrugh~Windermere~Oxford~Londonという具合に進んでいく。

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マルタを去って。

マルタを去って10日が経った。

マルタをメインに記事を書くのはこれが最後ということになるだろう。

僕がマルタで自己紹介程度に挨拶した人の国籍を覚えている限りで全部上げてみたい。

トルコ、韓国、スイス、フランス、ドイツ、スペイン、イタリア、アルバニア、ギリシャ、チェコ、スロバキア、セルビア、ポーランド、ハンガリー、ロシア、中国、ブラジル、エクアドル、サウジアラビア、アルジェリア、ルーマニア、ブルガリア、アルメニア、ウクライナ、カザフスタン、アイルランド、アメリカ、ベルギー、オランダ、アゼルバイジャン、そしてマルタと日本。

全て友達になったという訳ではないし、まだ忘れている国籍もあるのかもしれないけれど、まったく違う環境で生まれ育った人達とマルタという小さな島国で僕は出会った。

最後に思い出の写真を掲載したい。

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これは僕の学校初日(マルタ到着翌日)に撮ったもの。

左からHiro、Shaban、そしてAleksander。

彼らは留学生活の滑り出しにおいて、大いに僕の助けとなってくれた。

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彼らが僕の最初のFlatメートだったJoelとAleksander。

今振り返ってみても彼らが最初に一緒だった事は僕は相当運がよかったのだと思う。

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最終的に4度訪れることになるが、これが6月に行った初Comino。

今となってもやっぱり一番ワーストの思い出「殴打事件」(6月の記事参照)もこの日。

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僕が最初に入ったクラス。

どこかほのぼのとしたいいクラスだった。

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6月にはFabrizioという賢い賢いスイス人(22歳)がやってきたり。

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7月にはSicily(Italy)にAleksanderとShabanに会いにいったり。

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夏の間はAlbertoやその彼女Silviaとよく遊んだ。

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海岸沿いではよくBBQも。

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Greg邸でのBBQも思い出深いイベントの一つ。

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牛タンゲームの虜FabienneとNathalie。

彼女らは今でもちゃんと連絡を取ってくれてありがたい限り。出来れば来年のヨーロッパ一人旅の際に再会出来ればと思っている。

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これはピクニックに行った時の写真。

トルコの代表的な遊びらしいが、僕には理解しがたいクレイジーなゲームだった。

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ピクニックに参加した♂は僕以外皆トルコ人。帰り際には皆疲れ果ててこんな感じ。

僕はこの晩、悪夢のような悪寒に見舞われることになる。

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そしてラスト数週…僕の泥酔の日々が始まる…。

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最後によく一緒に遊んでいたメンバー。

彼らと仲間に入れてもらって本当に楽しかった。

マルタを離れて10日経った今、やはりマルタを懐かしく思う気持ちが中々消えず、今の生活と、マルタとの生活とのギャップに苦しんでいる…というのが正直なところだ。

でもきっと僕が逆に最初にEnglandに来て半年過ごし、その後マルタに移っていたのならきっとEnglandを懐かしく思っていたんだろうとも思いもある。

ただ一つ言えるのは、マルタで過ごした半年の日々は僕の一生の中でも最も思い出深い日々の一つになるであろうということ。

これから僕は自分の選択に一切の疑いを持たず、ここEnglandでも同じくいい思い出が出来るように楽しみたいと思っている。

そしてマルタで得た経験をここで存分に活かせればと思う。

これでマルタメインの記事は最後。

さて、タイトルはどうしようかな…。

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母と行く珍道中(マルタ編)

僕の母が11月9日の金曜日の夜、マルタにやってきた。

日本からマルタに来るには必ず第3国の空港(ドバイ、フランクフルト等)で乗り換えないといけないから、それだけは心配したけれど、何とか一人で地中海の島国にたどり着いた。

最初の丸2日間はマルタ観光ということで、土曜日はマルタで2度目となるレンタカー観光する事に。

ちなみにマルタはとても小さな小さな島国。

朝から晩までレンタカーを乗り回していたらたいていの場所へは観光出来てしまう。

しかし、今回レンタカーを借りるに当たって心配事が一つ…。

借りれる車はミッションしかない…。

7~8年全くミッションを運転していなかった僕にとって、それは至難の業。

…が、だからと言って計画を断念するわけでもなく頑張ってミッションをしかも海外で運転する事に。

この日はは日本人仲間のSuzukiくんとMika、そしてHiroも観光に参加。

今回の記事はSuzuki家所有の上等なカメラで撮った写真を中心に…。

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これはBlue Grottoにて、みんなでジャンプ!

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これはMdinaでの写真。

僕は果たして何回Mdinaに行ったのだろうか…。でも僕はあの落ち着いた街並みが大好きだった。

しかし、何というか上等なカメラで撮った写真はやっぱり違うなぁ…というのが正直な感想だ。

日曜日は母を引連れて市場をやっているマルサシュオック(スペルがわからない)へ。

そして僕のマルタ最終日となった月曜日は首都Vallettaの聖ヨハネ大聖堂を訪れた。

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思えば、ここへは僕がマルタにきた最初の週末に最初のRoomメイトだったAleksander達と共に訪れたのだった。

あれからもう5ヶ月半…。

僕は11月12日月曜日の夜にマルタを離れイギリスへと渡った。

そして母との2人旅はイギリス編へと続く…。

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輝ける最後の1週間。(後篇)

まだまだ母親との珍道中の途中…今は湖水地方のウインダミアで執筆中。(更新するのはまた違う場所という事になりそうだが)

マルタ最後の1週間…以外にも、それまでの2~3週に比べ僕はお酒の量をある程度制限した。

最後に酔っ払って我を見失って、不必要な「武勇伝」だけは避けたかった。

毎日が「最後」の連続。

最後の授業、最後のRoofパーティ、最後のPacaville…。

僕の日常となっていた物が全て過去のもの、そして戻れないものとなる。

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これは僕の最後の授業の後に撮った写真。

全て英語で行われる授業…当り前の事だが、最初は本当に戸惑った。

それが6カ月近く経って、何の違和感も感じないものになった。

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これは僕の「恩師」Gregと。

彼は本当に「プロ」だった。最初は皆、その授業の厳格さに戸惑うが最終的には彼は生徒から絶大なる信頼を集める。

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これは僕が数十回買い物をしたであろう売店「LITA」の店主Lita。

彼女は愛すべきマルタ人。親切で優しく、僕の顔も覚えてくれていて目が合えば手を振ってくれた。

そして

「All Right?」

という、甲高い声が彼女の特徴だった。

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これはお馴染み「Native」にて。

僕の最後の先生だったChris(一番左)。

彼の授業はとにかく面白かった。英語的にためになってるかどうかは不明だったけれど、そんなのを意識させないくらい、彼はエンタテイナーだった。

そしてNativeに行くとたいてい彼に会い、僕のベロンベロンに酔っ払っている姿をよく知る一人でもある。

また僕の隣に写っているトルコ人Korayもマルタを去った。

僕と同時期にコースをスタートし、そしてクラスも一緒…さらには去るタイミングまで。僕のマルタ生活の間ずっと彼も僕と同じくマルタにいた。

時にウザったく、時にいい奴な…とにかく憎めない奴だった。

そして僕の最後のマルタの夜となった日曜日。

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僕はここマルタで英語以上に自炊の腕をあげた。

そんなこんなで、お世話になった日本人の方々+数時間後にマルタを去ったKorayのために得意の炒飯と肉じゃがを作った。

一番人気はマルタにやってきた僕の母親が作ったミートソースパスタだったが…。

そしてマルタを去る時が

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見送りには僕のFlatメートや親しい日本人が駆けつけてくれた。

皆、僕の鬚を剃った顔に騒然となっていた。

正直、鬚を剃った直後は自分でも自分の顔に笑ってしまった。

ほぼ別人。僕がここに来て人相を変えたおおよその原因が鬚だったというのがはっきりした。

そんなことはさておき、結局最後の最後までマルタを去るという実感はわかなかった。

僕は学校の用意した車に乗り込み空港へ…。

もう2度と住まないであろうDrayton、2度と通わないであろうECマルタ…。

でも強がるわけではないけれど、僕はマルタに何一つ後悔を残していない。

それに新生活への期待もたくさんある。

まだまだ僕の海外生活も折り返し地点。

マルタを恋しく思いつつも、前を向いてこの限りある時間を楽しみ続けたいと思っている。

なんとなぁく選んだ国マルタ。でも本当に行ってよかった。

マルタ最高ー!

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輝ける最後の1週間。(前篇)

マルタ最後の1週間。

今までの人生でこれほど「1週間」を意識して過ごしたのは初めてだったかもしれない。
何せ、それまで当り前のように一緒に過ごした友達、5ヶ月以上もの間僕の住家だったオンボロDrayton。

僕は残りの1週間で全て、それらを離れなければならなかったのだから…。

確かに最後の1週間になってもそこを去る実感はないままだったけれど、逆にその覚悟は出来ていた。

説明するのが難しいけれど、とにかく「去る」という事がどういう事かを深く考えないようにした。

考えれば正直辛い気持ちになる。

だから1週間後に「マルタを離れる」という事実だけを飲み込んで、それ以上の事は考えなかった。

ここを離れる際

「やっと母国に帰れる」

とか

「マルタを離れることができて清々した」

という留学生も少なくない。

それはもちろん母国は恋しい。それにマルタは確かに国と言うには小さすぎるし、遊ぶバリエーションは他の国に比べ乏しいかもしれない。

それでも、マルタが僕の今のHomeだった。

「住めば都」

26年実家暮らしだった僕はここに5ヶ月半もの間、家族なしで生活を営み、奇跡的に!?生き抜いた。

そんな最後の1週間。

以前の記事でも書いた、ハンガリー人のNora、トルコ人のHulit、Can(ジャン)、そしてロシア人のNadya、Iraあたりと連日仲間に入れてもらいそして遊んだ。

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これはMdinaで雨宿りをした時の写真。

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連日のPartyで僕の肝臓も相当な痛手を負ったに違いない。

そして最後のFlat生活は非常に落ち着いた、平和的なものだった。

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不器用な妻帯者の39歳トルコ人Ahmet(右から2番目)、僕の最後のRoomメートであり、フランス語なまりが強すぎる33歳Romain(ォホマン(日本語の発音では呼べない)(右から3番目))、そしてFlatで一番きれい好きでさらに料理の腕前もかなりのものな26歳トルコ人Burak(一番左)。

彼らと最後の時間を過ごせて僕はラッキーだった。

Flatメイトに関しては、完全に「運」なのだけれど、僕はかなり恵まれていたとマルタ生活を通して思う。

本当に本当に濃かった最後の1週間。

後篇はまた後日。

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久しぶりの更新です。

こんなにブログを更新しなかったのは初めての事ではないだろうか…。

別に体調を崩していたわけでもなく、ただただ忙しく毎日を過ごしていた。

忙しく過ごしていたというよりも、ブログ「如き」!?に頭は回らなかったという方が正解なのかもしれない。

僕はもう既ににマルタを離れ、今この記事はScotlandの首都Edinburghで執筆中。

今の率直な気持ち…。

「マルタが恋しい」

現段階ではまだまだ母親との2人旅の途中で実質的なOxfordでの新生活は始まっておらず、それに向けての期待感も当然あるのだけれど、あまりに慣れきったマルタという環境を去ったという事実を考えると、とてつもなく寂しい気持ちになる。

だからあまり後ろは…というか過去の事は考えないようにしている。

考えてしまえば、懐かしいし恋しいというのは当然の事。

しかし、考えてみれば僕の海外挑戦はまだ半分も終わっていないわけで、マルタで出会った人達、そして起こった出来事…がこれから先の半年で同じだけあるかもしれないというのもまた事実。

ちなみに、マルタを去るにあたって4カ月以上ぶりに鬚を全て剃った。

どこか気分転換をしたかった。新しい気持ちでここイギリスに来たかった。

そして、人相を出来る限り良くして入国で引っ掛かりたくなかった…。

今後、マルタでの最後の生活の様子や母との珍道中の模様はまた後の記事で更新する予定。

もうマルタで生活しないなんて嘘みたい…。

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残り1週間。

遂に1週間後に僕はマルタを発つ。

海外「旅行」の1週間はそれなりに長い時間かもしれないけれど、「生活」としての1週間は短すぎる時間。

最近は相変わらず飲んで飲んでの生活だけれど、先週末は少しお酒を控えた。

先週ひいた風邪が治りかけていたところで、完治しないまま体力的に無理をしていたので、体に再び疲れが溜まってきていた。

この所は、クラスメイトのトルコ人Hulitとその友達の同じくトルコ人Jan(スペル未確認)、ハンガリー人Nora、ロシア人のNadya、Iraあたりといつも一緒に遊んでいる。

先週のPicinicあたりから顔見知りになったのだけれど、皆僕のことを一緒に遊ぶメンバーの一人として認めてくれていて、光栄な限り。

先週土曜日は古都Mdina(何回目かな…)、そして日曜日は4度目のCominoへ。

土曜日はSliemaという隣町まで歩いて行って、そこから船でVallettaへ。

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人数構成は上記のメンバーにプラス僕の6人なのだけれど、天気もよくどこか遠足気分で楽しかった。

何より、今はもはや日本人一人という環境がどこか心地よい。

そういう状況だと明らかに口数が減る僕だけれど、半年前には想像もしなかった自分の姿がそこにある。海外生活を送っている事を実感する瞬間。

NoraとIraは僕よりもクラスのレベルは上だし、ベラベラ英語を喋る。集中していないと理解出来ないくらいのスピードで喋る。

さすがはUpper-Intemidiateの生徒。僕とは数段レベルが違う。(クラスのレベルは1つなのだが)

ちなみにこのグループで僕は最年長…Noraの年齢だけ未確認だけれど、僕より下であろうことは確か。

そしてそこからMdinaへ…行ったのは良かったのだけれど、Mdinaに着いたところで、天候が急変し、いきなりの大雨。

滞在時間5分ほどで帰宅することに。

僕以外は皆、Mdinaに来ると必ず雨が降るらしく

Noraは

「もう何の興味もないわ!」

と、テレビなら「ピー」が入りそうな言葉を吐き捨てていた。

そして、日曜日は僕以外の皆行ったことがないというコミノ島はブルーラグーンへ。

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マルタもさすがに秋真っ只中で昼間の最高気温は20度ちょっとなのだけれど、気合で泳いだ。

生まれて初めてかもしれない…11月に海水浴したのって。

そんなこんなで僕のマルタ生活も1週間を切ったところで、また新たな形で最後の生活を楽しんでいる。

最近、ずっとおろそかにしていた写真撮影を最後の思い出にとまた頻繁にとるようになった…のでいくらか掲載したい。

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これはお馴染みRoof Partyの模様。一番手前がHulitでその奥がNora。

そして次。

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左からJan(トルコ)、Ira、Vitaly(共にロシア)。

皆、180㎝以上。JanとIraに至っては185以上はあって、しかも女性のIraの方が大きい。

2人に挟まれると、177cmの僕でも子供になったような気がする。

ちなみにJan21歳、Ira23歳…。

いよいよ今日から僕の最終週が始まる。

意地でも忙しく過ごしてやろうと思っている。

ブログの更新はこれから渡英まで疎かになることが予想されるけれど、これを見て僕の生存を確認していただいている方には勘弁していただきたい。

もしかしたら、マルタ最後の1週間の記録は渡英後に更新なんてことになるかも…。

それでも僕は元気にしていますので、ご心配なく。

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