竹的雑感記~ヨーロッパ生活…その後~

ヨーロッパでの経験を活かし…東京砂漠で奮闘中。

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最後はLatvia

12月29日、前日のクレイジーヨーロピアンとの夜遊びで完全に寝不足だった僕だったが、日本人宿泊客Aさん共に、朝9時から最後の目的地Latviaを目指した。

しかし、Latviaに行く前に国境近くのLishuaniaの街シャウレイに行こうという話になった。

ここになにがあるかというと、その街から車で20分ほど行った場所に「十字架の丘」と呼ばれる場所があるのだ。

ツアリストインフォメーションに行ってそこまでの行き方を尋ねると、タクシーが一番だというのでタクシーで行くことにした。往復2000円。二人で行ったから一人1000円。

ちなみにツアリストインフォメーションのお姉さん(おばさん?)の従姉は日本でバスケットはしていた(している?)とか。

そして、十字架の丘到着。

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いやはやこれはどんな観光地に行っても絶対にお目にかかれない異様な光景だ。

一説にはLithuaniaの人口以上の十字架がそこにはあるとか。

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大小合わせたら本当に人口以上あるのかもしれない…。

その後、シャウレイの街からいよいよLatviaの首都Rigaへ。

Aさんとは別々のホステルに泊まることになり、そこでお別れ。

ちなみにRigaに到着しての印象は2つ。

「都会だ」と、そして「暖かい」

Lithuaniaの訪れた街はすべて内陸にあり、寒さはかなり厳しかったがRigaは海に面している。なので、気温は比較的暖かく、僕が到着した時も2~3度はあったと思う。

2~3度で暖かいと感じられるようになっていた体にもビックリだが。

Rigaはバルト最大の街であり、最も発展している印象を受ける。

そんな街を30日は1日中散策した。

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これは教会の展望台からのRigaの街並み。

旧市街にはデパートもあったりと、これまで訪れたTallinnとVilniusとはまた違う印象を受けた。

そして、昼食はロシア餃子を食べた

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食べきれない程の餃子とサラダ、そしてソフトドリンクで600円。

ここUKでは不可能な値段設定だ。

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旧市街は歩いて十分回れる大きさで非常に観光しやすかった。

博物館等に特別興味がなければ1日歩けば十分に楽しめる街だ(バルト3国の首都全てにいえるが)

また夜のRigaもなかなか綺麗だった

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そして31日の大みそか、僕はRiga空港からここUKに帰国することになる。

割と簡単に考えていたUKへの入国で結構手こずったのだが…。

さて今回の9泊10日のスウェーデン~バルト3国への旅、不安も多かったが旅行とは違う旅の魅力にはまりそうなそんな日々だった。

まだまだ未熟な僕の英語も、今回の旅では大いに役立った。

本当に海外で生活しながら勉強してきて(学校に通ってるだけだけれど)良かった、そう思える瞬間がたくさんあった、

Stockhol,mで会ったDilaraにも「成長したんじゃない?」と言ってもらえたし、中学校で英語の先生をやっているというLithuaniaで出会ったAさんにも「喋りは俺よりできるんじゃない?今まではいつも人に頼られてばかりだから今回は楽だよ。」とありがたい言葉も頂いた。

ただ、例えば北欧出身の旅人やドイツで英語の先生をしているというツワモノ(共にLatviaのホステルで一緒)と比べるとまだまだ足元にも及ばなかったのも事実。

まあ単純なコミュニケーションがとれるようになっただけヨシというところか。

今回の旅でバルト3国の印象は僕にとって非常に良いものとなった。

ところどころまだ旧ソ連時代の雰囲気を残してはいるが、現地の人は接してみると基本的にフレンドリーだし、そして客観的に見て非常に美人が多い…。

総合的に見てLithuaniaが一番僕は気に入った。

物価の安さ、ホステルの居心地、やさしい若者、クレイジーな男たち…出来れば暖かい時期に訪れてみたい。

そして、遂に2月16日から2ヶ月半かけてヨーロッパ横断の旅にでる。

今回の旅がかなりいい予行演習になったと事は言うまでもない。

でもそのヨーロッパ横断の旅の途中で行けないだろうと思っていたバルトの国へまた行くかもしれない。

今回の旅ではっきりと気づいた「マイナーな土地」の面白さ。

これを読んだ方にも是非、日本では直行便で行けないような未知の場所への旅をおすすめしたい。
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Teatre Of Dreamsへ

まだ先日の旅日記が完結していない…のだが、ここでちょっと話題を変えて…。

ここEnglandにはTeatre Of Dreamsと呼ばれる場所がある。

そして、僕は今日水曜日の午後その場所を目指す…。

場所はここから北へ遠く離れたManchester。

「夢の劇場」と呼ばれるその場所の本当の名はOld Tratfford。

と聞いてピンとくるサッカーファンも多いのではないだろうか。

世界中で最も愛されるFootballチームの一つ、Manchester United(以下、Man U)の本拠地。

そう、つまり僕は遂にここEnglandでFootballを初めて見に行く。

僕が最も好きなチームもこのMan U。

Jリーグもよく見るし、海外サッカーに熱中しているというわけでもないが、もう10年近く前からこのチームのサッカー魅力に惹かれていた。

ちなみにこのStadiumを訪れるのは実は初めてではない。

5年前の一人旅の際「スタジアムツアー」として訪れたことがある。

試合を観戦したわけではないが、選手のロッカールームやベンチなどに実際に立ち入り憧れの場所に立てた事に感動したものだった。

また、当時はかの有名なDavid BeckhamもまたMan Uに所属していて、ロッカールームを訪れた際にはたまたま僕が座った席が彼の席だった事もあり、他の参加者の視線を浴びた事を覚えている。

そして僕がそこを訪れる少し前、試合に負けたMan U」の監督がスパイクを蹴り上げ、それが当たったBeckhamが瞼の上を切るという事件が起きた場所でもあった。

さて、自分で言うのも何だけれど、僕は決して「にわか」じゃない。

純粋にこのチームのサッカーのスタイルに惹かれている。

そして、僕がファンになる以前からこのチームに所属し、ベテランとなった今も尚現役としてプレーする僕の最も大好きな選手がいる。

彼の名はRyan Giggs(ライアン・ギグス)

34歳となった今こそ、そのプレースタイルは変わったが、世界を代表する左ウインガーの一人である。

僕がファンになった頃は、左にGiggs、右にベッカムという異なる2つの「翼」を持つチームだった。

「天使の左、悪魔の右」

なんて表現されていた。

誰にも真似できないような独特のステップで細身の体をヒラヒラと揺らし、ディフェンスをドリブルで左サイドを切り裂くGiggsと、正確な右足のキックを武器に右サイドから攻撃を仕掛けるBeckham。

当時は優勝して当たり前…そんな雰囲気さえあった。

Beckhamが去り、3年間優勝から遠ざかっていた(Arsenal1回、Chelsea2回優勝)が、再びMan Uもその輝きを取り戻しつつあり昨年4期ぶりの優勝、そして今また新しいスーパースターが現われている。

彼の名はCristiano Ronaldo。

日本のCMにも出演したりしていたから、日本での知名度は前述のGiggsに比べれば高いのではないだろうか。

今シーズン驚異的なペースで得点を挙げていて、「世界一のフットボーラー」と呼ばれる日もそう遠くないのかもしれない。

その他にもRooney(ルーニー)やSchjoles(スコールズ)、Ferdinand(ファーディナンド)ら錚々たるメンバーが揃うMan U。

スタメンがどうなるのか気になるところだが、前述のGiggsとRonaldoさえ見れればと思う。

ちなみに対する相手はPortsmouth。

今回は学校が提携する企画会社の手配で行けることになった。

そもそも、Man Uのリーグ戦のチケットなんて普通では手に入らない。

もちろん、今回かなりいい値段がしたわけだけれど日本から行くことを考えれば安いし、Manchesterという遠い場所への往復も考えれば、むしろ妥当な金額なのかもしれない。

明日、学校終了後Oxfordにてバスに乗り込み夜に試合観戦…そして木曜の早朝にここに戻ってくることになる。

疲れも溜まるだろうが、とにかく「夢の劇場」で行われる真のFootballに酔いしれたい。

観戦日記はまた後日(写真付き予定)。


追伸
Giggsのプレーが見たい方はコチラ
http://jp.youtube.com/watch?v=xtUp0kxqCzI&feature=related

C.Ronaldoはコチラ
http://jp.youtube.com/watch?v=JcU4tgSAoWA&feature=related

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リトアニアに行く その参

さて、リトアニア最終章。

前回の記事で書いたAさんと出会ったことで、それから2日間リトアニアでは夜ごはんを一人寂しく食べるという事はなく、以前バックパッカーとして旅をしていた経験を持つAさんの貴重な話を食事をしながら聞けたりもした。

28日はそれまで3日もいたにもかかわらず、クリスマス期間と被りほとんど観光できていなかった首都Vilniusを一人で観光する事に。

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こんなローカルなトロリーバスが首都の街を走っている。

価格は片道60~70円くらい。僕もこれに乗ってテレビ塔、KGB博物館に行ったりした。

しかし、中には暖房が効いていないいない車両もあり、車内で白い息が出るなんて事も…。

ちなみにテレビ塔は、リトアニアがソビエトからの独立を宣言した際に、ソビエトの戦車が押し寄せ、それに対抗するため人々が自らを盾として命を失った場所であり、1階には当時の写真等の展示があった。(当時の切迫した状況がよくわかる生々しい展示だった)

そしてKGB博物館は、ソビエトの体制に反対する政治犯が監禁された施設を博物館にしたもので、そこでは銃殺を始め様々な拷問が行われた場所でもあり、今まで味わったことのないどんよりとした空気が漂っていた。

バルト3国が独立した今もそれぞれの国にロシア人はかなり残存しているわけで、今だに敵対し合っているという事ではないみたいだが、それでもこれらの施設を見る限り、やはり彼らはソビエト(ロシア)という国を少なくとも良くは思っていない事はよくわかった。

ちなみにバルトの国々は独立後、公用語をそれぞれの国の言葉としていたり、ソビエト崩壊後の独立国家共同体に参加していなかったり(例えばウクライナ、ベラルーシ、カザフスタン等は参加)、そしてEUに加盟したりと旧ソ連の国々とは別の道を歩んでいる。

さてさて、僕の一人Vilnius観光はまだまだ続く。

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これはVilniusにある教会。

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これは3つの十字架の丘。

ちゃっかり僕が写りこんでいるが、これは≪写真を地面にセット≫→≪タイマーモード10秒に設定≫→≪十字架の下までダッシュ!≫という手順を踏んだのは言うまでもない。

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これは展望台から見たVilniusの夜景。

夜のVilniusの街中も非常に綺麗だった。

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この日は幸か不幸か昼間に一旦気温が上がり、おそらく僕がLihtuaniaに来て初めて0℃を上回り、道路や街の雪が一旦解けた。

そして、夜に再び冷え込み、街中が「ヴィリュニュス・アイススケート場」と化した。

現地人ですらそこら中で転倒している、この上なくデンジャラスな状態だ。

そんな街へと僕は同じホステルに宿泊していたヨーロピアンと飲みに行くことにした。

国籍の構成はベルギー2人、ポルトガル2人、スペイン1人、イギリス1人、そして日本1人。

こういう状況にはもう慣れている。特にMaltaにいた頃はよくそんな状態で浴びるように飲んでいた。

このメンバー、本当にクレイジー揃いだった。

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一応、8ヶ月間英語を勉強してきたので、特段彼らとのコミュニケーションで困る事はない。(一人のイギリス人を除けば皆英語が母国語ではないのでお互い一般的な単語で会話する)

そして1件目を出たところで、次はどこにいこうかとなるが…。

みな

「I don't know」

なのである。そこで、道端で現地の若者にいい場所はないか尋ねる。

彼の名はDario

彼は僕らの事を見るなり

「こんなにたくさんの国籍が一緒にいるのを見たことがない!」

と興奮していた。そして、Darioは急きょ僕らのガイドとなった。

彼が案内してくれた道中、当然街中はアイススケート状態なので

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こんなアクシデントは毎分のように起こる。

ただ、既に時間が遅かったこともあり、また外国人だったことも手伝って?僕らはなかなか彼の連れて行ってくれるお店には入れなかった。

そして、やっと見つけたと思っても僕らが「高い」と言って、拒否したり。

そんなわがまま集団を彼は嫌な顔一つせず、最終的に一つのクラブに落ち着いた。

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この中にDarioは写っていない。

結局、ここで朝の4時まで飲み明かすことになる。

最終的にDarioとは連絡先を交換し別れたが、先日彼から連絡があり

「次回Lithuaniaに来るなら家に泊っていいよ!」

と。22歳の学生のようだが、なんて素晴らしい若者だろうか。

いきなり、街中で外国人に絡まれ快くガイドしたDario。

彼とまた会うべく、来月からのヨーロッパ横断で再びLithuaniaに行こうかと思っているところである。

さて、5時に就寝した僕はAさんと約束していた時間8時に叩き起こされることになる。

もちろん、僕は何とも言えない胸やけを伴っていた。

そして29日、いよいよ最後の国Latviaを目指す。

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リトアニアに行く その弐

前日の暴飲の影響により、お昼に目が覚めた僕。

前日に出会った日本人のA君は結局、その日の夜にPolandに向けて移動するということになり、昼間は彼と一緒に観光することに。

時間もあまりなかったので、向かったのは首都Vilniusから程近いはないトゥラカイというところ。(バスで30分くらい)

そこは湖と、その真ん中にあるお城で有名なちょっとした観光地。

一番暖かいはず時間に到着したのに…鬼の如し寒さ。

ちょっと街から離れただけでこんなに違うものかと…。

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湖の半分くらいは凍っている。

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これがお城、トゥラカイ城。

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お城の内部はこんな感じ。

このお城の入場料、学割もきいてやく100円!

ここUKに比べたらその安さは破格だ。例えばLondonにあるロンドン塔に入ろうと思えば2000円は下らない。

もちろん歴史的な重みは違うのだろうが。

さて、お城の中は迷路のようになっていて、男心(童心なのかも)をくすぐる観光スポットだ。

その迷路のようになっているお城の内部の部屋それぞれに、展示物があるのだが、まったく城に関係ないものがあったり、日本のモノ?と思わせるものまで。

僕はそういう外国人のルーズな考え方が好きだ。

このお城自体は20世紀に入って再建されたもの。でもお城とその周りの湖の景色は独特の雰囲気があった。

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そして次の日、27日となりようやくクリスマス休みから街も目を覚ます日となったので、延期していたLithuania第2の都市Kaunasへ。

まず向かったのが杉原千畝記念館。

記念館は普通の民家の建ち並ぶ住宅街にポツンとある。

杉原氏は、第2次世界大戦中に約6000人ものユダヤ人に日本政府の指示に背きビザを発行した「日本のシンドラー」として有名。

ただし、あくまでもユダヤ人にとって英雄的存在で、リトアニアではあまり有名ではないというのが実情のよう。

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これが杉原氏の部屋と机。

この記念館で同じタイミングで観光に来ていたHasizumeさん(以下Hさん)と知り合う。

やはり日本人向けの観光地とあって、こういう出会いもあるものだ。

そしてHさんと共に、大戦中のユダヤ人収容所第9要塞博物館にも足を運んだ。

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第9要塞へはバスで行かねばならず写真のような地元の人しか乗らないようなミニバスにてアジア人2人が移動。

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これが要塞。

Lithuaniaは地理的にも常に周囲の列強の国々に侵略を受け続けた歴史があり、特にドイツ、ソビエトによる侵略にまつわる観光スポットはかなり多い。

そして、Kaunasの街中に戻りHさんと共にレストランでちょっとお食事。

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かなりいい雰囲気のお店。そしておいしそうなスープとビール。

ちなみにスープ150円。ビール250円。

これにメイン600円を食べて一人1000円で大満足。

特筆すべきはこのスープだった。とても150円とは思えない感動を味わった。

Kaunas観光終了後、僕はVilniusの宿へと戻った。

そして、宿に戻ると今度は新しい日本人観光客が来ていた。

その方の名はAsakawaさん。(次回よりAさん)

Lithuaniaでは常に日本人との出会いが絶えなかった。(以外にも)

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リトアニアに行く その壱

Estoniaを夜の9時に出発し、Lithuaniaの首都Viluniusの到着したのが朝の6時半。

バスの車中には意外にも中国人観光客のグループがいて、同じアジア人が同乗している事にちょっとホッとした。

Lithuaniaはバルト3国の南端。

Estoniaは北端だから、移動中に途中でLatviaを通り越したということ。

ちなみに、車中で絡んできたエストニア人のおっさんはLatviaで降りた。

Lithuaniaは日本語では「リトアニア」だが英語では「リスエイニア」みたいな感じ。しかも「ス」の部分は日本人に馴染みの全くない「th」の発音なので非常にいいづらい。

そして、この国が世界で1番のものがある…それは世界で自殺率が1位ということ…。

ちなみに世界のTop10を旧ソヴィエトの6カ国が占めているというから驚き。さすがというかなんというか。

さて、到着したのがクリスマスど真ん中の12月25日。

ヨーロッパの大抵の国はクリスマスとその翌日の26日(ボクシングデー(何の日なのかは謎))は祝日となり、博物館やツアーリストインフォメーションまで休みになる。

それが主因で僕は最終的にこのLithuaniaに4泊する事になる。

初日は首都Vilniusから第2の都市Kaunasに観光に行こうと決めていたのだけれど、クリスマスど真ん中では行っても仕方がないと思いその日は回避。

まずはVilniusのホステルを見つけることに。

Vilniusでは予約をしていなかったので、ガイドブックを頼りに旧市街近辺を散歩しながら探した。

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この写真でもう朝の8時。でも全然真っ暗。

なんとか一つのホステルに辿り着き、朝方だったのだが快くチェックインさせてもらった。

そして同部屋に一人先客がいることがわかったがその時は不在。その先客の持ち物には日本語が…どうやら日本人らしい。

しばらくしてその彼が部屋に戻ってきた。

なんとその彼、富山からウラジオストクに船で渡りシベリア鉄道でロシアを横断してきたというツワモノ、大学生A君(名前を失念…)。

彼はポーランドに行くバスを探していたらしく、特にそれ以外やることはないということで一緒に行動することに。

約3日ぶりにまとも喋る日本語に心が安らぐ。

昼間は先にLithuania入りした彼の案内で街をぶらぶら。

やはり主要な観光名所はどこも閉まっていた。

こうやって旅の友が出来たのなればやはり行っておきたいのが「パブ」

一人では現地のパブは行きづらいが、2人なら行ける。

夕方一旦宿へと戻り、いざ夜のVilniusに飛び出す。

最初にレストランに行き、腹ごしらえ。

で、ここの物価なのだがEstoniaに比べてはるかに安い。例えばビール1リットルが約500円。つまみになりそうな1品料理が300円前後。

僕は思った「ここは天国だ」と。

結局一人1500円分程食事してお腹もいっぱいになり、続いてガイドブックに載っているパブへ。

生演奏を行っているパブでチャージ(入場料)が500円。でも店内のビールは250円~300円とこれまた安い。

店内でかなり浮いた状態(アジア人2人)でA君と日本人2人で飲んでいると、隣のテーブルのリトアニア人の男たちが絡んできた。

やはり彼らは極東から来た僕らに興味津津のよう。

日本人だと伝えるとこれまた「ウケ」がいい。

「パイオニアのCDチェンジャーは最高だ!」

みたいな話をいきなりされたり。

ちなみに絡んできたリトアニア人の中で、一人だけ思いっきり流暢に英語を喋る人がいたが彼はここUKに長年住んでるとのことだった。やっぱり。

その他の男たちは少々厳しい英語力だったけれど、それでもお酒の席ではそれで十分。

いつのまにか2つのテーブルの境界線がなくなり一緒に騒いでいた。

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僕は彼らにブランデーをソフトドリンクのように飲まされ、Malta以来のどしようもない酔っ払いに。

結局彼らとは2時間ほど一緒に飲んでいたが、店を出た後も「次に行くぞ!」と言ってきかない。

何とかそれを振り切り僕らは宿にもどったが、帰り際まで

「あとどのくらいここにいるんだ?また飲むぞ!」

と言っていた。しかし結局その後会うことはなかったのだが…。

しかし、それまで孤独感のあった旅がいきなり賑やかになったLithuania。

日本人にはかなりなじみが薄いけど…この国は面白い!そう思ったHappyな初Lithuaniaだった。

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まずはエストニア

いい加減、早いとこ先日の旅日記を完成させねば…。

今回、バルト3国で一番最初に訪れたのがEstoniaの首都Tallinn。

Stockholmからの船の移動で、船に乗る際も船から降りる際もPassportのチェックはなかった。

最初は港からバスターミナルまで歩いて向かった。(本来歩いていく距離ではないと思う…)

バスターミナルというのが、とても1国の首都のものとは思えないショボさで、Kioskが一つと、小さなレストランが一つだけ。

その日の晩にそこからLithuaniaに向けて旅をする予定だったから、荷物だけそこに預けようとしたのだが、荷物預かり所のおばちゃんがまず一切の英語を喋らない。

いきなりアウェーの洗礼である。

荷物をなんとか預けることが出来、Tallinnの観光地である旧市街地へ。

途中新市街を歩きながら向かったのだけれど、街には独特の雰囲気が漂っていた。

なんというか、これが「社会主義時代の匂い」なのかなと。

Londonや東京、Stockholm等の先進国の首都では感じられない寂しい感じ。今の僕にとってそこはまさしく「海外」だった。

旧市街に入るとさすがに観光客もまずまずいて、雰囲気は新市街に比べ格段に明るい。

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街の中には完全にロシア(ソビエト)の支配化にあったことを証明するこんな形の教会も

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旧市街はその周りを城壁が囲んでいて、輪郭がはっきりしていて観光しやすかった

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これは旧市街を展望台から

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気になっていた物価と現地人の英語力だが、物価に関して言えば、新市街には明らかに北欧の資本と思われるショッピングモールが殺伐とした新市街にあったりと、北欧(特にFinlandだろう)からの影響でそれほど安くはない。

それでも、日本やここUKに比べれば安いのだけれど。

現地人の英語力だが、カフェの店員が普通に喋れたりと、ある程度観光地化されていることを差し引いても、なかなかレベルが高いことを感じた(若年層のみ)

日本では例えば、海外からの観光客が多い京都のカフェの店員が普通に英語をしゃべる…なんてことは少ないのではないだろうが。

この日は日本人はおろかアジア人すらほとんど街で見かけなかった。

なので、1日日本語を喋らない日…になるかと思いきや旧市街で突然

「ダイジョウブデスカ?」

と日本語で話しかけられた。

「ニホンジンデスカ?カンコクジンデスカ?」

と、質問されたが韓国人に「カンコクジンデスカ?」と聞いても伝わらないだろうけど。

でも「韓国」という言葉をちゃんと日本語で知っているというのはなかなか日本語を知っているということでもある。

どうやらその彼は

「ボクノトモダチガキョウトジンデス」

との事で、日本語を若干知っていたらしく

「ボクハリトアニアジンデス」

と言っていた。

その後、もう一度彼と街中ですれ違いまた

「ダイジョウブデスカ?」

と声をかけられた。そんなに僕が迷っているように見えたのだろうか…。

夜のバスの時間まで余裕があったので、暗くなっても旧市街をぶらぶら。

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そして、ビールをレストランの隣で作っているというビアハウスに行き、一人晩酌。

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ここでビール2杯とEstoniaのチーズをいただいた。

Tallinnにはわずか半日の滞在で、次の目的地Lithuaniaの首都Vilniusを目指すべく再びバスターミナルへ。

途中、新市街で地元のスーパーに寄ったのだが、そこでの僕の「エイリアン(外国人)」っぷりはなかなかのものだった。

普段現地人しかいない環境に、見慣れぬアジア人がいるからみんな僕を見る。

今までの海外生活で外人として奇異な目で見られることもあったが、これほどではなかった。

しかし、その感覚はむしろ僕にとってどこか新鮮でポジティブなものだった。

求めていた刺激がそこにあったというか、なんというか。

そして、イブの夜を夜行バスの中でエストニア人の酔っ払いおっちゃんに絡まれながら、Lithuaniaに向かう。

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息抜きで近況を。

まだまだ、先日のバルト3国の日記の途中。

ここでちょっとブレークを取って、近況を報告したい。

ここのところブログの更新が疎かになっていたが、言い訳をするとまたまた?体調を崩していた。

しかし、今回のは得意の風邪ではない。去年だけで4度も引いたからその違いはわかる。

原因不明で、体温計も持っていないのではっきりとはしていないが、週末は熱からきたと思われる体のダルさと軽い吐き気に見舞われた。

なんというか軽い病気を患いやすいとうのはここ最近ずっと変わらない。

だからと言って、入院歴があるわけでもなく学生の頃からそれが原因で休んだりをするわけでもなく(中学・高校は皆勤だったし)、大病を患うわけでもない。

しかし、この海外生活において今回の体調不良が1,2を争うきつさだった。

Maltaでピクニックに行った後の晩の事を思い出した。

今回もここ2~3日は毎日12時間以上睡眠しているような状態。

そして食べ物の匂いが気持ち悪く感じられたり…妊婦さんのよう。

やっと今日になって復調の気配。

さて学校は先週より再開。また特に変わったことのない平凡な毎日を送っている。

先月バルト3国に旅行に行ったばかりなのだが、遂に来月から海外挑戦最後のヨーロッパ横断の旅に出る。

この旅の事はMaltaに行った際にはまだ具体的に頭の中になかったが、生活していく中でヨーロッパに友達も出来、是非彼らの国にも見てみたいと思った。

出発地点はPortugal。ゴールはMalta。

最初はPortugal、Spain、Franceといった具合に西欧の北海側を周り、もしかしたら再びバルトの国へ!?そして中欧・東欧から友人が数多くいるTurkeyへ。

その後は地中海側のGreece、Croatia、ItalyそしてSwitzerlandあたりに行って最終的にMaltaで最後のバカンスを楽しもうといった具合だ。

目標は10人以上の友達に会う。15カ国以上を訪ねる。20人以上の友達を作る…こんな感じ。

もう旅の計画は始っていてヨーロッパにいる友達に旅をすることと、それぞれの国で会う機会があるかをメールで尋ね、その返答に対して再び英語で返信すると行った感じ。

英語でメールをすることは当然エネルギーがいる。

それ故、日本人の知り合いの方々へ返信が遅れている(言い訳)。(近々返信いたします)

いまのところSpain、France、Hungary、Turkey、Switzerlandあたりは会ってくれそうな友人がいる。

あと先日行ったLithuaniaにも「来るならうちに泊まっていいよ」という友人ができた(後日、旅日記で紹介したい)。

さてさて、僕のここでの生活も残り5週間となった。

あとどのくらい僕の英語が伸びるのか…全て自分次第だが、出来る限り充実したEnglish Lifeを送りたいと思っている。

今年も去年と変わらず、僕にとって忘れられない1年になるように、今できることにどんどんチャレンジしていきたい。

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ぶらりストックホルム、そしてバルトの国々へ

さて、2日目の旅。

この日は、Estoniaの首都Tallinnに向かうフェリーの出発の時間まで余裕があったので、Stockholmの市街地をぶらり散策

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さすが一国の首都といった感じで、街も綺麗だし洗練されている。

内陸にあるLondonと比べて、その規模は遥かに小さいが丘があり海がありて言った感じで景色にバラエティがあった。

なんとなく…だが、長崎の街を発展させた感じ…そんな印象を受けた。(長崎ほどの起伏はないが)

しかし、物価のたかさは言うに及ばずなので、特に何かをしたり食べたりするわけでもなく、ひたすらプラプラ。

最終的に街の中のセブンイレブンでちょっとだけお買いものをして、フェリー乗り場へ。

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これが今回のったフェリー。

EstoniaのTallinnまで16時間(時差を考慮すると実質15時間)の道のり。

今まで乗った船の中ではこれが最大。

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廊下だって、かなり長~い。

部屋にはEstonia人親子。Estonia人だが、人種でいうとロシア人らしい。

父ちゃんの方はかつてソビエトの軍人だったとも。

船の中には免税店あり、ディスコあり。

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船の中でStockholm在住のブラジル人と知り合い、一緒にディスコで飲んでいたのだが(またもや奢ってもらった)、彼はそこで忽然と姿を消した。

それまで、結構いろんな話をしていて

「今、Brazilは急成長している。Masa!Brazilの不動産を買うべきだ!」

なんてビジネストークまで発展していて、「いつでも連絡くれ!」と言うのはいいのだけれど、結局彼の連絡先をしらないまま彼は姿を消したので、きっともう一生会うことはない…。

余談だが、一緒にスウェーデン人の♂とも一緒に飲んでいてので、姿を消した彼を探していた時

「あのブラジル人知らない?見失ったんだけど」

と聞くと回答は

「I haven't seen him(見ていないよ)」

だった。ここにスウェーデン人の英語力のすごさがある。

「I don't know」と答えるのは簡単だし、僕ならそう答えそうなもんだが、彼はちゃんと現在完了形を使って、答えてみせた。

恐るべしスウェーデン人の英語力。

そんなこんなで長いと思っていた移動時間も、特別退屈することもなく翌朝Tallinnに遂に上陸。

そこから始まる完全の未知の国々への旅。

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ホステルでの出会い。

今回の9泊10日の旅で7泊をユースホステルという宿泊施設に泊まった。

今回、僕がホステルを利用するのはこれが初めてなのだが、普通の旅行者には馴染みが薄くともバックパッカーにはお馴染みの場所だ。

利点は他の宿泊施設に比べ、とにかく安いということ。

短所は部屋をどこかの国の誰かとシェアしなければならず、これといったプライベートなスペースはいっさいないということ。

しかし、これは長所の一つでもある。

一人旅をしているものにとって、違う国からやってきた全く見ず知らずの人と打ち解けあい、情報を交換し合ったりして、一人旅の寂しさを感じさせない素晴らしい施設でもある。

もちろん、貴重品の管理等は各自しっかりとやらないといけないのだが。

生まれて初めてのホステル泊となった、Swedenの施設には僕と同部屋にFrench(フランス人)がいた。

何と、彼は4年物間日本に滞在していたという変わった経歴のFrenchだった。

しかし、日本語はちょっとした単語くらいしか知らない模様。そして何より住んでいたのが青森県だというからさらに驚いた。

どうやら発電所関係の仕事に従事していたらしい。(会話はすべて英語)

そんな彼の口からは「ロッカショムラ」「ハチノヘ」「オンセン」等など、なかなかツウな言葉・地域が出てきた。

「ハチノヘ」を知っているフランス人がいるという事は相当な驚き。

日本にはたくさんのいい思い出があるらしく、また「オンセン」に行きたいとも。

現在、彼はParisに在住で、僕が予定している一人旅で訪れるであろうことを伝えると

「Masa、Paris来たら必ず連絡くれよ」

と連絡先を教えてくれた。

僕は思った。ホステルってなんて面白い施設なのかと、そして英語を学んで良かったと。
偶然出会ったFrenchだったが本当に彼にはParisで3月あたりに再開することになるかもしれない。

その他にも宿泊客が食事をしたりするCommonルームで我が街「Fukuoka」を知っているオーストリア人に出会った。

彼はアジアを2週間旅したあと、最終的に中国から日本に渡ったらしいのだが、その場所が福岡だったらしい。

最近「日本のどこからやってきたんだ?」と聞かれても「Fukuoka」と答えることがめんどくさくなってきていた。

99%以上のEuropianがFukuokaを知らない。だからハナから「Nagasakiの近く」とか答えたりする。

Nagasakiは悲しい歴史を持った街として、やはり世界的に有名だから。

しかし、このオーストリア人は違った。

一応試しに「Fukuoka」というと目を輝かせ「Fukuokaに住んでいたのか?駅の近くの建物の2階にマックがあるだろ?」と、4年間博多駅近辺で働いた僕でもよく覚えていない情報を彼は持っていた。

どうやら中国から日本に渡る際、飛行機のチケットが一番安かったのが福岡行きだったらしい。

それなら納得。確かにその条件だと福岡が一番いいだろう。

ただ

「2週間でいろいろアジアを観光して2000ドルしか使わなかったのに、日本では3日で500ドルも使ったぞ!」

と日本の物価の高さにクレームをつけていた。

僕ら日本人は、いくらか安く生活する方法やお得なチケット等の情報を持っているが、確かに旅行者にとって、日本は物価の高い国と映るかもしれない。

海外から観光で来て「100円SHOPダイソー」にはいかないだろうし。

さて、そんな僕のホステル初宿泊。

Swedenのホステルはお世辞にも安いとは言えないが、僕のそれからの旅を勢いづかせてくれる素晴らしい場所だった。

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そして、2日目からいよいよ本格的に誰も頼りのいない旅が始まる。

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予定外のSwedenへ!

さて、やっと先日の9泊10日スウェーデン~バルト3国の旅の模様を更新。

まず、初日にLondonより飛行機で向かったのが人生初の北欧の地Sweden。

この旅を計画した当初はSwedenに行く予定はなく…僕の航空券購入の致命的なミスから渋々!?行く事になった。

どういう類のミスだったかというと、短く言うとそのミスに気付いてなければItalyにいくところだった。

つまりバルト3国のEstoniaに向かったつもりが、Italyに到着してしまうという大事件になりそうだったのだ。

それはそれで一生の話のネタになりそうなもんだが、帰りのチケットは同じバルト3国のLatviaからだったので、もしそうなっていたらItalyの空港で僕は脱水症状になるくらい冷や汗をかいただろう。

幸い出発1週間前そんな愚かなミスにに気付いた。(その時もかなり冷や汗をかいたけれど)

そこからありとあらゆる情報を入手してバルト3国の旅計画を出来る限り変えずに済む最良の手段として、まず予定より2日早くSweden入りするルートを考えだし、5日前に航空券変更。

そしてすぐさまマルタにいた頃知り合ったSweden在住のJesperとDilaraに現地で会えないかメールを出して、DilaraとStockholmで再会できる事となった。

そして出発当日。

Stockholm行きの飛行機がなかなか離陸せず2時間近く機内で待たされる事になってしまったが、待ち時間も飛んでいる時間も、前日の夜中の空港への移動で全く寝ていなかった僕は終始爆睡。

Stokholmには昼過ぎに到着。

…がRyanAir使用の空港とあって市街地まではかなり離れている。

バスに揺られて約1時間半、ようやく街の中心部のバスターミナルに到着。

そしてそこでDilaraと再会。

どうも彼女は1週間前にMaltaから帰ってきたらしく、その2日後には仕事を始めたとの事だった。

僕にはそんな事出来ないな…。

彼女は僕のために、宿泊場所の位置、フェリー会社の場所などを事前に調べてくれていた。

まずは荷物をロッカーに預け、Dilaraと共にEstonia行きのチケットを買いに行く。

チケットはフェリー会社「Tallink」の営業所で直接購入したが、Dilaraがスウェーデン語で僕のチケットを購入してくれた。

何とも心強い存在だ。

しかし、Swedenというのはかなりの割合の人が英語を一定のレベル以上で喋る。

MaltaにもSweden人の生徒は結構いたのだが、彼らはみな僕以上のクラスに入っていた。

何が違うかというと、彼らは英語の番組や映画を英語のままで見ている。

もちろんSweden語の字幕もついているし、日本でも映画館やレンタルでみた場合と同じ条件だが、彼らはそれを「日常的に」見ている。

言語形態が日本語と英語の関係に比べれば近い等の条件もあるだろうが、それでも日本人と比べて英語に触れる頻度が多いというのもまた事実。

Dilaraにしたってスラスラ・ベラベラ喋る。僕も彼女くらい喋れたらな…そう思う。

そんな英語の流暢なDilaraにStockholmを案内してもらったのだが、日が落ちるのがここEnglandよりもさらに早い!

冬至の時期だった影響もあるだろうが、3時前には日が落ちて3時半にはほぼ夜。

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この写真で3時半前。

Stockholmという街の第一印象はすごく洗練された綺麗な街。

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彼女は行く場所そこそこの紹介をしてくれたが、僕の頭に残っているのは…

「ここは去年、精神病患者が車で暴走したくさんの人が亡くなった通り」

とか

「ここは以前、大統領が何者かによって暗殺された通り」

とネガティブな内容ばかり。

スウェーデンといえば、社会福祉の進んでいるどこか知的な国というイメージだったが、その「陰」の部分がある事も知った。

そしてカフェでDilaraとお茶。

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ホットチョコレートとケーキ。これ、Dilaraの奢り…。(ちなみに前述のロッカー代まで奢り)

味はかなりおいしかったが、価格もかなりのもの(これだけで1000円は軽く超える)

そしてStockholmの街中を案内してくれたDilaraともお別れ。

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短い時間だったが、本当に彼女にはお世話になった。必ず日本へ来いよー。次はこっちが奢るから。

そして、彼女に言われた通りの道順で無事に宿にも到着。

期待していた船のホステルは影も形もなかった(どうやらどこかで改修中らしい)

ということで、船が停泊していたはずの隣の別館で宿泊。

そしてドミトリーの部屋にはヘンテコな日本語を喋るフランス人がいた…。

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今年の抱負とか。

無事にOxfordまで帰ってきた。

大晦日と新年はLondonで過ごし、そして来週からは残り6週となったEngland生活。

大晦日はビッグベン・ウエストミンスター付近で花火を見た。

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さすがはLondonと思わせる盛り上がりぶりだったが、その後の混雑具合もさすがはLondon…。

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大勢の人々が帰る手段(年明け直後は地下鉄が無料で走っているようだが、イベントが行われる付近の駅は全て封鎖される)を求めて、街中を大移動。

まあ、新年を海外でそれもLondonという世界的に有名な街で迎えることが出来たのはいい思い出になるだろう。

僕の「生活」という意味での僕の海外挑戦はもうすぐ終わり、そして2ヶ月半の旅に出る。

ポルトガル行のチケットももうゲットした。

先日のスウェーデン~バルト3国の旅のレポートはこれから随時更新予定。

さて今年は何が僕に起こるのか…。

新年の展望がこれほど見えないのは生まれて初めてかもしれない。

でも、いい意味でいろんな選択肢があると思って自分を信じ、若く、元気に、そして我武者羅に突っ走りたい。

そして僕もまもなく27歳になる…。

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I wish you all a happy new year!!!

日本の皆様、あけましておめでとうございます。

こちらはあと5時間ほどで年が明けるところです。

ひとまず、無事にLatviaよりUKに帰って参りました。

現在London滞在中で、4日後にOxfordに戻る予定です。

今年の予定は2月よりポルトガルよりヨーロッパ横断の旅に出て、5月に帰国する予定です。

今年もファンタスティックな1年にしていこうと思っています。よろしくお願いいたします。

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