竹的雑感記~ヨーロッパ生活…その後~

ヨーロッパでの経験を活かし…東京砂漠で奮闘中。

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スロバキア散歩、そしてハンガリーへ(ヨーロッパ周遊39日目)

2008年3月25日。

この日は前日に入ったBratislavaの街を散策する。

しかし、この日は大雪。

朝起きた時には積もっていなかった雪が、午前中の間にあっという間に降り積もった。

その寒さといったら…。

まずどこの国に行ってもした事…それはスーパーでBeerを買うこと。

Hostelからすぐの所に、イギリス資本?のTESCOがあり、そこでお買いもの。(食糧はこの日のハンガリー行きの列車の中で食べた。)

Slovakiaのスーパーに何て、日本人はおろかアジア人も見当たらない。

街中に中華料理店が点在するので、例にもれず中国人は多少は居住しているようだが、日本人がここを観光で来ることはほとんどないだろう。

Bratislavaには旧市街があり、そこか観光のメインとなるだろう。

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但し、ヨーロッパは未だにイースター。

元々、観光で栄えているわけでもなく、さらにはホリデーも重なって非常に街が寂しい。(AustriaのViennaですら寂しさを感じたくらいだし)

昼ごはんはMacDonalds。さすがは世界チェーン。ホリデーなんてお構いなしだ(旅行者にはありがたい)

ただ、それほど目立った観光資源もなくヨーロッパでは映画「Hostel」にUnknown(よく知られていない)場所として舞台にされるなど、マイナーな土地であるにも関わらず物価は決して安いとは言えない。

そういえばViennaで奇跡の再会を果たしたウェールズ人もVieena入りする前はBratislavaにいたらしく「1日だけならいいけど…それ以上なら行かない方がいい」「夜は死んでいる」等々ネガティブな印象を語っていたっけ…。

結局、旧市街を一通り歩き回り、次の目的地HungaryのBudapestを目指すべく駅に向かった。

そして、Budapest行きの列車に乗り込みSlovakiaを後にした。

結論からいえば、この旅で一番印象が薄いのがこのSlovakiaだったといえる。

Budapest入りした僕は、次の日にMalta時代の友人Noraとの再会することとなる。
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「当たり前」が変わる時。

現在、平日は大阪・梅田で相変わらずリーマン生活を送っている。

1年半超もの間就業していなかった僕に社会復帰は様々な意味で不安があったのだが、生まれ持った?幸運で今の会社に採用され、非常に恵まれた環境で不安が下手に的中する事もない。

来年2月の東京出向も楽しみではあるが、今の大阪の生活も短い間だが楽しみたいと思っている。

僕の働いているビルの間(ビルが東側・西側とある)には世界一らしいクリスマスツリーが設置され(ビルが100M超なのでツリーのありがたみはわからないが)、その周りではクリスマス期間中、毎日ドイツマーケットが開かれている。

毎日帰宅時にはクリスマス気分が味わえるわけだが、何とそこでOxfordで同じ学校に通っていたChisaがアルバイトをしていた。お互い連絡を取ってみて、ほぼ同じ場所で仕事をしてることがわかったわけだが、世間は狭いものだ。

こうやって、今は大阪でサラリーマン生活を送る事が当然当たり前となり、さらに来年からは東京で生活するのが当たり前となっていく。

帰国してからは実家でゴロゴロ?するのが当たり前になってもいたが、その前はヨーロッパの空気を吸っている事が当たり前だった。

今、このブログでも3カ月に及んだ僕の一人旅の模様を更新中で、記事を書いていてそれをものすごく客観的に「大そうな事をしたなぁ」と思う自分がいる。

あれからまだ半年ちょっとしか経っていないのに…だ。

半年間のMalta時代はあたかもそれがずっと続くかの如く生活していたし、Oxfordでもそうだった。そしてヨーロッパ周遊一人旅では、半端な英語力と楽観的な性格を武器に、バックパックに荷物を詰めて、当り前に国境を越え20カ国にもわたって旅をした。

どこへ行ってもまずは観光案内書へ行き「Can I have a map?」というのが当たり前であり、Hostelで出会った見ず知らずの旅人、それも外国人と話すのが当たり前だった。

しかし、それが今の生活からするとまったくもって非日常。

非日常となることもまた当たり前なのだが、それだけ普通は出来ない様々経験をしてきたということだと思う。

自分のこれまでの経歴をいろんな人に話をすることもあるわけだが「へぇ~」と平均15へぇ~くらいもらえる。

小学校から、中学、高校、大学そして福岡でのサラリーマン生活に至るまでおおよそストレートに生きてきた僕が珍しがられる存在になれたのはちょっと心地いい。

また、よく「また海外に行きたいんじゃない?」なんて質問をされる。

そりゃ行きたい。あんな自由な、そして楽しい時間は人生においてそう存在しない。

でももう同じ形では行かない。そこにはやはり現実を見据えねばならず、僕は男として生まれた以上、社会で一人前にならないといけない。

でも、逆に言えば26歳から27歳にかけてそういう経験が出来て本当に良かった。

だから今は「また行きたい」気持ちよりも「達成感」の方が強い。既に僕は「得」しているから。

そして僕は今の当たり前も楽しみたいし、出来ると思っている。

他人に「しがないサラリーマン」なんて言いつつも、今の立場には100%じゃないにせよ満足している。

「まだ最初だからそう言える」なんて言われるかもしれない。でも、これからきっと経験やスキルは増え続ける。だからむしろ楽しみも増えていく…そう考えている。

今回は、海外生活をほぼ100%過去のものとして、客観的に見れるようになった今だからこういう内容を書いてみた。
記事が長くそして内容が硬くなったしまったけれど、これが僕の紛れもない気持ち。

そしてきっと30歳、40歳になった自分がこの記事を懐かしく読む事になるんだろうと思う。

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働いてます。

またまたしばらくブログを休んでいた。

最近、1カ月以上更新しない状態が当たり前になってきた…。

しかし、ここで僕自身に大きな転機が訪れたのでブログを通して報告しておきたい。

というのも今月より再び社会人に戻る事になった。

現在の居場所は大阪。そして来年2月より東京に行く予定だ。

6月下旬より「なんとなく」始めた僕の転職活動だったが、夏ごろまではやりたいことが定まらず、それを企業側に見透かされたのか書類選考落ちの日々。

9月に一度上京し、3社ほど面接を受けたがうまくいかず。

しかし、そこから自分のなかでやりたい仕事が「英語を使った」「動き回る」仕事だという事に、ぼんやりとだが感じるようになり「海外営業」に絞って10月に再び大阪・東京にて面接を受け、そこで2社から内定を頂くに至った。

ということで、僕の現職は前述の通り、海外営業、業種は商社ということになる。

僕以外に同期がもう一人おり、彼は僕より学歴および経歴共にデキルやつだが、負けてはいられない。
今回入社した会社には100人前後の応募があったようで、それから書類選考、1次面接、2次面接を経て僕たち2人が採用されたようだ。

僕の私見だが僕の卒業大学○岡大学が国立大を勘違いされたのが、採用にプラスに働いたのかもしれない。(同期も国立卒だし、社内も国立卒が多い…)

このどん底の世界経済の中、中途採用市場はかなり厳しい状況だったが、ここにきてかなりのラッキーパンチだった。

さて…現在は貿易に関する知識の習得に勉強の日々だ。

非常に丁寧かつゆっくりと教育を受けていて、今のところこれといった壁にはぶつかっていない。

また、英語に関してはまだまだ力不足なので、来週からは駅前留学が始まる。

マンツーマンレッスンを週に3回。それを2ヶ月間みっちり…。

もちろん、費用負担は会社持ちだが、その額は言わずもかな…(僕のお給料より高いかも…)

また、昼食は指定の弁当屋さんの弁当を注文すれば費用は会社負担というおまけつき。
さらには、家賃負担も8割以上会社がもってくれていて、この上なく恵まれた環境だ。

逆にいえば、会社の期待通り僕も成長していかないといけない。

その面では、同期もいるしお互い切磋琢磨しながら成長できる環境も整っている。

来年の東京進出まで、大阪で出来る限り多くの事を吸収し、自信を持って上京したいと思っている。

今の住居はテレビが唯一の娯楽といっていい簡素なウィークリーマンションで、インターネットも繋がっていない。

これからブログも(くどいようだがヨーロッパ旅日記すら半分しか描き終わっていないし)ノートPCに書きためて、更新する形をとろうと思っている。

僕のこのブログには1年間のヨーロッパの生活がちゃんと書きしるされていて、やはり何より自分のためになっていると思う。

だから、新生活が始まっている今、正真正銘のブログ復活をしたいと思っている。(更新は週末くらいしか出来ないだろうが)

最後に…帰国してからこれまで、いろいろな方々にお世話になり、また心配も掛けたがこれから再び社会人として1人前を目指す所存だ。

そして、これからも自分のこれまでの経験と人脈を武器に前へ進んでいきたい。

僕の友人、知人、すべての皆様、これからもどうぞよろしくお願いいたします。

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2人のSerbianと(ヨーロッパ周遊38日目)

2008年3月24日。

この日は前日からHostelで仲良くなった同部屋のSerbia人Namanja(ネマニャ)とAleksandar(アレクサンダー)と行動を共にする事にする。

NemanjaはChezhでMicrosoftのエンジニアとして働いていて、Aleksandarも同じくエンジニアでChezhと地元Serbiaの街で勤務しているらしい。

相変わらずイースターホリデーの街中は静かなままだったが、Serbia人2人と僕はそんなViennaの街を朝から歩き回った。

あと一日Viennaに滞在する彼らは荷物をHostelに預けていたが、僕は全ての荷物を持ったままの観光。

その疲労感といったら…。

しかし、彼らとの話は常に楽しかった。英語力も僕の上をいっていて、気を使ってSerbia人同士で喋るときも出来る限り英語を使ってくれた。

そして日本文化に余程の興味があるらしく、作家の名前などは僕より詳しいくらいだった。

そんな彼ら

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左がAleksandar、右がNemanja

そして、この時Aleksandar から提案が。

僕はAustriaの後はRumaniaの方へ東に進路を通り、そしてBulgariaを経由してTurkeyへ抜けるつもりでいたが「それならSerbiaを通っていけ」という。

確かにいかにしてTurkeyに行くかで治安に不安のあるRumaniaは僕の中で一つ懸念事項ではあった。(結果的には当時Serbiaの方が危険な状態にあったわけだが)

そして2人と連絡先を交換して、この日のうちにSlovakiaの首都Bratislaveをバスで目指した。

ViennaからBratislaveまではバスでほんの数時間。

Bratislavaに夕方には到着した僕は早速Hostel探し。

SlovakiaはCheczhと元々は同じ国だった。…がCheczhの首都Pragueに比べて街が暗い…。
しかも物価はCheczhと変わらないか、Hostelだけ見ればちょっと高い。

第一印象はいいとは言えないSlovakia…そしてHostelの部屋はこの旅始まって以来の僕以外全員女性という状況。

確かにハーレムと言えばそれまでだが、この晩は肩身の狭い思いをしながら眠りにつく…。

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