竹的雑感記~ヨーロッパ生活…その後~

ヨーロッパでの経験を活かし…東京砂漠で奮闘中。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

スポンサー広告 |

東京砂漠ライフ。

ついに我が家にネットがつながりました!

10年前はまだまだ認知され始めたくらいだったものが、今や生活に欠かせないものになっているのですからね…本当に世の中の流れは早いです。

こちらでの生活にもこの2週間で随分なれたように思います。

とりあえず、ライフラインやいろいろな支払は全てお給料の口座から引き落とされるようにしたのですが、一人暮らしをしてみると支払の多さに気付きます。

水道、下水道、電気、ガス、携帯、保険…そして今日から駅前のスポーツジムに入会し支払はさらに増えました。

この2週間で、銀行印を何個押印したことか…。

そしてもちろん給料からは年金、健康保険、雇用保険、所得税等が引かれます。(僕の場合、まったく自慢になりませんが去年の年収が無いに等しいため市民税が一年間ナシです)

一つ一つ見れば大した額ではないですが、皆さんもご承知の通り何も買わなくても支払だけで、お給料の2~3割はどこかへと飛んでいってしまいます。

なので、残業を買って出てでもコンクリートジャングルの中で稼いでいかないといけませんね。

「30代」ももう…確実にその背中は見えてきましたし、早く一人前に仕事をバリバリやりたい…それが今の一番切望していることです。


さて、今日は給料日だったので、また少し家財道具を増やせそうです。

そういった買い物以外は僕の生活はいたって質素。

今まで東京に来るというのは「イベント」的だったのが、当たり前になりましたし。

今までこちらに来る度に忙しくしていましたが、今はその必要もありません。

仕事に慣れるまではまだまだ時間を要するとは思いますが、少なくとも悪い意味でのギャップはここにはほとんどなさそうです。

今まで住んできた、福岡、マルタ、オクスフォード、梅田と同じくここ浦安(東京)も僕のHomeとしていきたいと思います。
スポンサーサイト

テーマ:日々のつれづれ - ジャンル:日記

 よければクリックをお願いします。

ブログ | コメント:0 | トラックバック:0 |

いよいよ。

明日の朝から、新たな勤務地でのお仕事だ。

再就職して3カ月が経ってはいるが、これが初の「東京デビュー」となるので、物凄く新鮮な一日となりそうだ。

4日前に浦安に入って、それからは市内に立て篭もって、いろいろとお買い物をしていた。

そして、買い物の中で一番重宝したのが間違いなく"100均"だ。

ここでは「ダイソー」よりも「キャンドゥ」の方が主流のようだ。

そして、その他に100均ローソンや、99Shop。

今の時代100均がかなり浸透し、様々なものが100円で手に入るようになったが、一昔前まではどれも200~300円はしていたものばかりだ。

そう考えると、貧乏な僕が最低限の生活を送るまでにいろんな道具を揃えられたのも100均様のおかげ。(一昔前に同じだけ道具を揃えたらどうなっていたことやら…)

100均ネタはおいておいて、僕の購入した主な家財道具は冷蔵庫、洗濯機、電子レンジ、タンス、テーブル(ちゃぶ台サイズ)、そして自転車だ。

ということで、まだまだ部屋の中は空っぽな状態に近い…。

そして、ネットとテレビという一人暮らしの娯楽の2つを失った今、ネット開設日と次の給料日が待ち遠しくてたまらない。

しかし、僕の中では11月の再就職よりも今回の東京勤務開始の方が気持ち的にすごく充実している。

いい意味で、再び社会の荒波にもまれる状況になったというか…。

様々なニュースで映し出される日本の社会は、「100年に1度の大不況」という表現が残念ながらぴったりの、悲惨な状態だ。

そんな中で、27歳にして未経験のまったく畑違いの業種・職種に採用してもらい、そこで活躍する権利を得た。

しかも、海外で1年過ごしたという経験を活かす形で…。

今思い返して見ても、相当ラッキーだった。これは自分の実力ではなく本当に「運」だと思う。

そして28歳にもなり、いよいよ実務に入る。

1年前のちょうど明日ポルトガルにいた僕も、今年は東京へ…。

調子にのるとダメなタイプなので、これからも謙虚に、冷静に、そしてどんな状況も楽しみながらここ東京(住まいは千葉県だけど)で楽しみたい。

テーマ:日記 - ジャンル:日記

 よければクリックをお願いします。

雑感 | コメント:0 | トラックバック:0 |

スイスでドッキリ!(ヨーロッパ周遊67日目)

2008年4月23日。

この日は、Fabienneと共にLuzernに行く。

LuzernはSwitzerland屈指の観光名所だ。

P4230033.jpg

ブラブラと街中を歩きながら、よもやば話。

彼女はとにかくポジティブで、周りを明るくする性格。

遥かに年上の僕も彼女を見習わなければいけない点がありそうだ。

P4230036.jpg

そんなFabienneとベンチに座りタイマンで牛タンゲームが始まる…。

2人だからなかなか勝負がつかなかったが、マルタ時代共に星の数ほど興じた牛タンゲームだったからすごく懐かしかった。

そして、ここで絵葉書を買って共通の友人に送る事にした。

その中に同じくスイス人のDesireeという♀がいるのだけれど、彼女にも送る事になった。

Fabienne曰く

「Maltaから帰ってきてほとんど会ってない」

のだと言う。

帰宅後5~6通の絵葉書に2人でメッセージを書いた…はいいのだが、そのあとドッキリが待っていた。

前日と同じく、彼女の友達と合流して夜は外食する事になっていて、その「友達」を待っていた。

そして家のベルがなり、入ってきた友達が…僕の友達でもあるDesireeだった。

なんと車で1時間運転してFabienne邸までやってきたらしい。

全く予測していたなかった再会に、最初は驚いたが素直に嬉しかった。

しかしその後20代後半の男には試練が訪れる。

2人の年齢は19歳と22歳。

Desireeは元々、マルタにいた頃からファンキーな印象だったが、自国ではさらにそれがパワーアップした模様で、Fabienneのハイテンションとの相乗効果に僕はただ圧倒されつづけることとなる。

以下が「撮らされた」写真。

P4240042.jpg

P4240045.jpg

P4240047.jpg

完全に付き人化した僕…。

短いながら、再会の時間を楽しい時間を過ごし、その日のうちにDesireeはまた帰っていった。

いつどこで、また同じメンバーで集まれるかはわからないけれど、再びそれが実現する事を願って…。(出来れば日本で)

テーマ:とりあえず書いとこ ~ф(゜゜) - ジャンル:日記

 よければクリックをお願いします。

ヨーロッパをぐるっと回る。 | コメント:0 | トラックバック:0 |

首都へ行こう!(ヨーロッパ周遊66日目)

2008年4月22日。

この日はFabienneはPart time jobのため、僕は一人でお出かけ。

そして、そんな僕に母親はサンドイッチを持たせてくれた。

本当に優しい…そして物価高のSwitzerlandにおいて、その経済効果も計り知れない。

僕の行く先はBern。

言わずと知れた…と言いたいところだが、BernがSwitzerlandの首都だと言うのを知っている人は意外と少ない。

僕が前日までいたZurich(チューリッヒ)と思っている人も相当多いはずだ。

バスと電車を乗り継いでBernに到着。

この日はあいにくの雨だったが一人でBernの街を散策した。

P4220010.jpg

P4220012.jpg

P4220013.jpg

P4220019.jpg

正直なところ、心に残るものはここでは少なかった。

もちろんそこは世界遺産にも登録された綺麗な街並みなのだが、僕はもう「完璧なまでに」ヨーロッパ建築に飽きていた。

そしてFabienne邸に帰宅した僕は彼女の友達と街中にお茶をしに行く。

P4230032.jpg

Fabienneも若いから、当然その友達も若い。

Fabienneの住むSolothumという街は規模は小さいが、住むにはちょうど良いサイズなのかもしれない。

そして彼女のPart time jobが次の日休みになったのだという。

推測するに、僕のために休みを取ってくれたようだ。

そんな彼女の優しさに甘えて、翌日はLuzernに行く事にする。

テーマ:とりあえず書いとこ ~ф(゜゜) - ジャンル:日記

 よければクリックをお願いします。

ヨーロッパをぐるっと回る。 | コメント:0 | トラックバック:0 |

ラストサムライがやってきた。(ヨーロッパ周遊65日目)

2008年4月21日。

Switzerlandにはいってからというもの、結構忙しく過ごしていたので、仕事に行ったFabrizioのFlatで昼間はゆっくりしていた。

シャワーを浴びたり、髭を剃ったり、ブログを更新したり…。

旅を続けると、1週間に1日くらいダラダラ過ごす日が欲しくなる。

夕方前にFabrizioのFlatを後にして、まずはZurichの駅へ。

そして仕事が終わったばかりのFabrizioと再合流。

スーツとコートをビシッと着こなした彼はいかにも「一流」だ。

そして駅のBarでBeerを飲みながらしばし、イタリアセリエAのハイライトを見ていた。

そして彼が一言。

「このチームの選手のうち、2人は僕のクライアントだよ」

と。

23歳にしては本当にビッグすぎる。

そんな出来る男Fabrizioともお別れ。

P4220003.jpg

本当にいろいろとお世話になりました。

そして、僕はFabienneのいるSolothumへ。

Fabienneとはマルタで遊んだ期間は短かったけれど、本当に明るいそして若いSwissの19歳の♀。

Zurichから1時間ほどで、彼女の待つ駅に到着し、そこで彼女の母親も迎えに来てくれていた。

久しぶりの再会に彼女からは

「ラストサムライ!」

と歓迎された。

その後家に招かれた僕は彼女の父親とも対面。

ものすごくおおらかで優しそうなお父さん。

Fabrizioの両親もそうだったが、どうやらSwitzerlandでは奥さんの方が強いパターンが多いのかもしれない。

少なくとも彼らの父親は2人とも、いつもニコニコそして口数が少ない。

そして、その奥さん(母親)たちはとにかくハキハキよく喋る。

そして、Fabienne一家は僕のために寝室を準備してくれていた。

とにかく静かで、寝心地のいいその寝室。

この旅始まって一番の深い眠りにつけた気がした。

テーマ:とりあえず書いとこ ~ф(゜゜) - ジャンル:日記

 よければクリックをお願いします。

ヨーロッパをぐるっと回る。 | コメント:0 | トラックバック:0 |

チューリッヒでファブリッツィオと。(ヨーロッパ周遊64日目)

2008年4月20日。

前日の盛大過ぎたパーティのせいで、Fabrizioは明らかに疲れていたが、せっかく来た僕のためにとこの日は彼の勤務場所でもあるZurichの街に行くことにした(彼の住まいは3駅程離れている)

まずは彼と彼のFlatのベランダで朝食。

P4200001.jpg

何ともオシャレな朝食だ。

そして、Zurichの街へ。

スイス最大の街であるZurichだが、その人口は約30万人に過ぎない。

他のヨーロッパの大都市に比べれば遥かに落ち着いた趣のある都市だ。

P4200002.jpg

しかし、Switzerlandの物価は恐ろしいほどに高い。

それがZurichともなるとさらに高くなる。

Fabrizioの話では平日は銀行の密集する地域では、駐車場はモーターショーのような状態になるらしい。

つまり、そこで働く人は皆重要なポジションでそれだけ稼いでいるということだ。

そして、そんな彼も銀行で働いている…。僕の想像がつかないくらい彼はビッグになるのかもしれない。

そんな彼のショット。

P4200005.jpg

しかもイケメン。天はあっさりと二物を与える事もあるという事だ。

その後、彼の提案でその日行われるZurichダービーのFootballの試合を見に行った。

P4200011.jpg

この旅始まって3度目のサッカー観戦。

僕はどこにいってもサッカーとは縁があるらしい。

お疲れのFabrizioだったが、それでもいろいろと案内してくれた。

短い間だったけど、Fabrizioには本当にいい思い出をたくさん作ってもらえた。

そして次の日は移動日。

目指すは同じくマルタ時代の友人、Fabienne邸。

テーマ:とりあえず書いとこ ~ф(゜゜) - ジャンル:日記

 よければクリックをお願いします。

ヨーロッパをぐるっと回る。 | コメント:0 | トラックバック:0 |

予想も出来ないビッグパーティー!(ヨーロッパ周遊64日目)

2008年4月19日。

早朝にMilanの駅からZurich行の始発に乗った僕は、疲労困憊で車内のテーブルにうつぶせで爆睡。

MilanからZurichへの道のりは、Switzerlandの風光明媚な場所を通るという事で有名らしいが、前日徹夜の僕には関係ない。

Zurichの駅に到着すると、あの懐かしのFabrizioが僕を迎えに来てくれていた。

彼からは予め、その日は両親の誕生パーティーをする事を聞かされていて、そのため僕の相手はあまり出来ないだろうという事だった。

僕はそれを了承したのだが、そのパーティーへの参加もOKという事だったので、図々しくパーティに参加するべく前日までいたアテネで購入したギリシャ特産のお酒(ウゾ?とかいう名前)を手土産に買っていったが、彼の口から驚くべきパーティーの内容を聞かされる。

なんと参加人数120人…。

そのパーティーというのが、両親が共に50歳を迎えるこの年に、2人の誕生日の間の日程をとって親戚や近所中を招待するというものだった。

なので、僕はお土産のお酒をFabrizioへの個人用のお土産として渡し、手ぶらでパーティーに参加する事になった。

手ぶらで参加するからには僕も手伝える事は何でもやる事にした。

まずは会場の設営をする。

P4190108.jpg

P4190109.jpg

テーブルと椅子の数に度肝を抜かれた。

どうやらFabrizioの母親は9人兄弟、父親は6人兄弟、そしてお互いに育った語圏が違うのもあって親戚縁者はItaly、Switzerland、Germany、Englandの4カ国からやってくるのだという。

Fabrizioは非常に良く出来たスマートな男なのだが、やはり育ちも違う。(ちなみに彼は世界的にも有名なSwitzerlandの銀行が集うZurichで銀行マンとして働いている…23歳にして…)

夕方ころになると、彼の親戚がどんどんとやってくる。

参加者は皆、会ったこともない見た事もない日本人を初めは不思議そうに見るが、Fabrizioが一言、二言説明するとちゃんと理解して握手を求められる。

非常にスマートは一族だ。

そしてパーティーは16時頃から始まる。

初めは屋外でパーティー。

P4200110.jpg

そこにはフリードリンク(ビール、ワイン、ソフトドリンク)、軽食、演奏家…テレビでしか見たことのないヨーロッパのパーティーが目の前で行われている。

Fabrizioの父親が消防士ということもあって、ビールは消防車から注がれる。

なんとも粋な計らいだ。

P4200114.jpg

P4200115.jpg

今回主役のFabrizioの両親。

Switzerlandの物価から考えても、このパーティの費用というのは計り知れない。

そこへ手ぶらでいった僕は肩身が狭い。

Fabrizioは主役の長男という立場なので、僕にかまってなんていられない。

P4200111.jpg

周りで飛び交うのはドイツ語とイタリア語がメイン。

なかなかアウェーな環境だが、Fabrizioが英語が喋れる女性を一人紹介してくれた。

彼女は「スー」という名の女性で、南アフリカ育ちのスイス人らしい。

他の参加者とは違い「近くに住んでいるから」という理由で呼ばれたらしく、彼女もFabrizioとその両親しかしらないという事で、パーティの間は大半の時間を彼女との会話しながら過ごすことになる。

そして、パーティーは屋内会場へと移る。

P4200116.jpg

P4200127.jpg

どこまでもVIPなパーティーだ。

食べ物も全部おいしいし、50歳を記念したワインもどんどんと出てくる。

P4200119.jpg

ステージでは参加者がいろんな出し物で会場を盛り上げる。

P4200120.jpg

腹踊りをしても上品に見えてしまうのがスイスマジックだ。

P4200130.jpg

例えそれが裸踊りでも…。

Fabrizioはその進行役を務め、ドイツ語とイタリア語を駆使しての名司会っぷり。

P4200129.jpg

年下とは…そして僕の友達とは思えない出来すぎた男だ。

そのパーティーは結局日付が変わるまで続き、僕も2~3日分の飲み食いをした。

Fabrizioの仕事は全員が帰るま続く。

僕もなぜか彼の横で参加者が帰って行くのを見送る。

長い宴が終わった後は、FabrizioのFlatに帰宅し、いつの間にか寝てしまう。

前日徹夜で列車で寝たのも数時間。長い長い一日が終わったようなそんな気分だった。

テーマ:とりあえず書いとこ ~ф(゜゜) - ジャンル:日記

 よければクリックをお願いします。

ヨーロッパをぐるっと回る。 | コメント:1 | トラックバック:0 |

初野宿!やさしいおじさんと出会う(ヨーロッパ周遊63日目)

2008年4月18日。

この日は移動日だったが、午前中時間に余裕があったので再び前日出会った日本人青年とアテネの街を歩く。

そして基本的には興味のない美術館に彼の提案でいったりする。

P4180104.jpg

その後、2日間の間だったが随分と僕を慕ってくれた彼は空港行きのバス停まで送ってくれてそこでお別れ。

そして僕はGreeceのアテネよりItalyのMilanまで飛行機で移動する。

しかし、この辺りから雲行きが怪しくなる。

まず飛行機が遅れる…。

到着後、なかなか荷物が出てこない…。

Milan市内へのバスの乗り方がわかりにくい…。

そして空港から中心部まで大渋滞…。

と、マイナス要因が次々と重なり、Milan中心部に着いた時にはすっかり夜。

そしてSwitzerlandのZurich(チューリッヒ)行きの電車は既に全て終わっていた…。

なんてこったい。

こうなったら!…次の日の早朝にZurichに移動する事にして、Milan市内のホステルを探すがどこに電話かけてもどこも空いていない。

Hotelなら空いているようだが1泊100ユーロだとかいいやがる。

そして僕は…次の日のZurich行きの始発に乗る事にして、駅周辺で野宿を決意する。

その日は運よく駅前のスペースで誰かはわからないがLiveをしていた。

P4190107.jpg

少し時間は潰せたが、これも23時には終わる…。

夜は長い…そしてMilanの4月はまだ寒い。

それから誰も歩いていない街を歩いてみるが、暗くて何もわからない。

Sicily(シチリア島)を除けばそれが最初のItaly上陸となるわけだが、その日のうちにSwitzerlandに行きたかった僕には、そのありがたみなどかけらもない。

駅は構内に入れないようにドアを閉められてしまったので、僕はドアの外に座り込んだ。
そうすると一見ホームレスの男性が話しかけてきた。

聞き取りにくいが英語だ。

彼曰く

「こんなとこで寝るな。危ない。」

だそうだが、彼も見た目は他人に安心感を与えられるものじゃない。

しかし、英語は喋れるようなのでいろいろ聞いてみる。どうやら彼はイタリア人で、その名はドミニク。

Spainでコックをしていたらしいが、よりよい仕事を求めてItalyに帰ってきたらしい。

そんな彼が

「コーヒーでも飲みに行こう」

という。普通ならこの段階で怪しまないといけない・

どこに連れて行かれるかわからないから。

でも彼の笑顔は「本物」だった。人の良さがこれでもかというくらい出ていた。

僕は素直に彼について行き、そして駅近くのカフェでエスプレッソを一緒に飲む。

彼の英語は日常会話にも及ばないが、それでもItaly人で彼の年齢層で英語を理解する人は非常に貴重だ。

そして、彼は僕にその代金を奢ってくれた。

非常に申し訳ない気持ちになったが、彼の優し屋に甘える事にした。

その後は朝の4時頃まで、彼と話し続けた。

お互い英語が拙くても、それだけ長く話していると彼のいろいろな事がわかった。家族、これまでの人生経験、そして若い頃の武勇伝も含めて…。。

僕は本当にラッキーだった。

本来ならば5~6時間の間、ただただ時間が過ぎるのを待たなければいけなかったはずの僕は優しい初老のItaly人に声をかけられ、そしてエスプレッソを奢ってもらいさらに話し相手にもなってくれた。

朝になると彼は自分の電車の方が先だからと、笑顔で握手したあと去って行った。

おそらくは彼にはもう一生会わないのだろうが、もしチャンスがあるなら彼のはたらくレストランでうんと食べてうんとチップをはずんであげたい。

そんな幸運に恵まれた僕は無事になんちゃって野宿を終え、朝を迎えた。

そして待ちに待った始発の電車に乗り込み、Malta時代の友人Fabrizioの待つZurichを目指す。

テーマ:とりあえず書いとこ ~ф(゜゜) - ジャンル:日記

 よければクリックをお願いします。

ヨーロッパをぐるっと回る。 | コメント:0 | トラックバック:0 |

アテネ観光(ヨーロッパ周遊62日目)

2008年4月17日。

ギリシャと言えばアテネ…アテネを知らない人はいない…というくらい有名な街。

前日、夜にHostelにチェックインしたので気付かなかったが、同じ部屋に日本人の若い男の子(20歳くらい)がいた。

なんと彼はこれが人生最初の海外旅行でしかも一人旅のバックパッカー、そして極めつけは英語をほとんど喋れないという。

それはちょうど、僕が生まれて初めての海外旅行にイギリスに行った時と状況が良く似ている。

彼は前日にアテネ入りしたらしいが「海外」という壁に思いっきりぶつかり、そして早くもホームシックにかかっていた。

わかるわかる。

僕には彼の気持がよくわかる。

とりあえず、僕がHostelの同じ部屋の外国人と話していると、彼の眼はまさに「羨望の眼差し」

しかし、そんな僕もつい1年前までまったく喋れなかった。

彼には目の前にある壁が絶対に越えられそうもないものに見えているのもわかる。

でも、それは経験で越えられる。

僕は彼の助けになれば…そして前日入りしていた彼の情報をつかめれば…そう思い一緒にアテネ観光する事にする。

アテネは思ったよりも近代的な街だ。

そして車が半端じゃなく多い。

そんなアテネの街を彼とひたすら歩き続ける

P4170091.jpg

P4170092.jpg

P4170101.jpg

P4170096.jpg

正直、メテオラで既にお腹いっぱいになっていた僕にとってこのアテネでの一日は「流し」でしかなかった。

そんな中、彼とはいろんな話をした。

これは後日、彼からもらったメールでしったが、僕と会ったことで旅を前向きに楽しめるようになったらしい。(一応は先輩として役立てたようだ)

ギリシャの食べ物もなかなかうまい。

P4180102.jpg

4日間ほどしかいなかったこの国だけれど、基本的に肉食の国だという印象だった。

そして翌日は、一気にItalyのMilanまで飛び、そしてそのままSwitzerlandのZurichに予定だったが…。
ヨーロッパをぐるっと回る。 | コメント:0 | トラックバック:0 |

念願のメテオラへ(ヨーロッパ周遊61日目)

2008年4月16日。

この日は念願のメテオらを見るため、昼前にHotelを出発する。

その日は幸運にも快晴。

歩いて行くにはちょっと遠いが、体重の増量具合が気になっていたので歩いてメテオラまで行く事にする。

結構ハードな一人遠足だ。(バスが運行しているのを後で知った)

メテオらに行く途中の景色もまたのどかで雄大だ。

P4160051.jpg

そして1時間弱歩いて、最初の「メテオラ」が。

P4160055.jpg

僕は確か、メテオラをクレジットカードのCMか何かで初めて目にして、虜になった(その時はどこの国のものかもわからなかったけど)。

P4160059.jpg

P4160063.jpg

とにかくそこに修道院を建ててしまおうという発想が凄い。

当時、資材も人も昔は滑車にのって上げられ

P4160069.jpg

P4160081.jpg

落下事故で命を落とした修行僧も少なくなかったらしく、しかしそれもまた「神の思し召し」だったらしい。

僕が修行僧で自分が登っている途中に縄が切れたなら確実に神の存在を疑うけれど。

今では観光用に安全に登れるように階段が作られている。

そしてメテオラからは麓の街カランバカ。

P4160072.jpg

僕も結構歩いたもんだ。

メテオラに来て大満足の僕はそのまま「下山」し、列車に乗って首都アテネを目指す。

アテネへは列車で四時間ほどかかり、到着した時にはもう夜中。

Hostelにチェックインした僕は、翌日アテネへと観光に繰り出す。
ヨーロッパをぐるっと回る。 | コメント:0 | トラックバック:0 |

ギリシャに入国、夜行列車内での出会い(ヨーロッパ周遊60日目)

2008年4月15日。

夜行列車に乗り込むと…つまりまだイスタンブールの駅にいた時、一人の女性が同じ車両に乗り込んできた。

彼女は自分の寝台がどこかを尋ねてきた。

それにしても、彼女の英語はうまい。

それまでTurkey人の英語を聞き続けていた僕は、彼女がTurkey人じゃない事はすぐにわかったし、むしろネイティブスピーカーだと思った。

聞いてみると、彼女はこれから向う国のギリシャ人らしいが、Londonに長いこと住んでいたらしい。なるほど。

国境のパスポートチェックでたたき起こされる事はわかっていたので、僕らは国境を越えるまで、おしゃべりする事にした。

彼女の名はKonstantino。

Londonから実家に帰る道のりでIstanbulに立ち寄り、観光してきたらしい。

僕より一つ年上で髪形はベリーショート。印象としては「姉御!」と呼びたくなる感じの、ものすごくオープンで明るいギリシャ人だ。

電車が国境に到着するまでの約4時間、ずっと英語を介して会話をした。

その中で、僕が目指していた「カランバカ」への行き方を事細かに教えてくれた。

僕が見たかったのは世界遺産にもなっている「メテオラ」で、それは切り立った崖の上にその昔、ギリシャ正教の修道士達が修道院を作った…とかいうものだが、そこへ行くには麓の町「カランバカ」が拠点となる。

彼女は彼女で、普段滅多に話す機会のない日本人に興味があったようで、いろいろと日本の事を聞かれた。

とにかく、かなり長い時間だったがお互い退屈することなくひたすら喋り続け国境に到着。

すっかり証明写真と風貌を変えた僕がパスポートチェックでなかなか本人と認めてもらえないというハプニングはあったが、何とか国境を越えた。

そして、お互い寝台に戻る事にして最後に記念撮影

P4150042.jpg

僕の顔丸いなぁ…。

それから連絡先を交換して、僕は就寝。

そして起きた時には、彼女の寝台には誰もいなくなっていた。(たしかに僕の駅よりだいぶ手前で降りると言っていた)

列車はテッサロニキという街に昼前に着き、さっそく彼女に言われた通り電車を乗り継ごうとしたが、なんと満席。

そこで、あらかじめ調べておいた「バスでも行ける」という情報を頼りに、バスターミナルまでローカル線で移動し、なんとかカランバカ行きのバスを見つける。

そして、目的の場所に到着したのはもう夕方。

P4160044.jpg

そこからメテオラは確認できないが、確かに切り立った崖は多い。

そこで、客引きのオジサンと交渉し20ユーロでシングルルームを確保して、さらには翌日のアテネ行きのチケットを予約するため駅まで行く。

そしていよいよ次の日は僕の念願だったメテオラだ。

P.S.
電車内で出会ったKonstantinoからは未だにメールが来る。
どうやら日本への興味は衰えていないようで、いつか絶対に来たいと思っているらしい。たまたま電車が一緒だっただけなのに、もしかすると日本で会う日がくるのかもしれないのだから、旅の出会いは侮れない。

テーマ:とりあえず書いとこ ~ф(゜゜) - ジャンル:日記

 よければクリックをお願いします。

ヨーロッパをぐるっと回る。 | コメント:0 | トラックバック:0 |

トルコ最終日(ヨーロッパ周遊59日目)

2008年4月14日。

この日はTurkey最終日。

この日の晩には夜行でGreece(ギリシャ)に行くことに決めていた。

移動方法はKorayのお母さんの提案で、寝台列車で行く事にする。

バスに比べれば値は張るが、Turkeyではいろんな人たちのおかげでほとんどお金を使わずに済んでいたから。

昼間の間はKorayとその叔父で、Istanbulの街へ観光に行く。

P4140028.jpg

P4140037.jpg

P4140038.jpg

Istanbulは言わずと知れたTurkey最大の街。

そこには西洋人も東洋人も観光に来る。

怪しいTurkey人からは

「Can you speak English?」

等と話しかけられる。

僕は心の中で彼らにいう。

「お前よりかは喋れるよ」

と…。

そんなTurkeyの観光名所であるモスクでの写真

P4140027.jpg

おしぃー。

人に英語が喋れるか聞いてくるTurkey人は、まずは身内のミスに気づいてあげるべきだ。

そして、再びKoray邸に戻った僕はいよいよTurkeyを発つ事に。

Korayをはじめ、Turkeyでは本当にいろんな人の親切に触れた。

Turkey…住むのはちょっと辛そうだけど(宗教が生活に大きく影響してるし)、本当に癒される国だった。

テーマ:とりあえず書いとこ ~ф(゜゜) - ジャンル:日記

 よければクリックをお願いします。

ヨーロッパをぐるっと回る。 | コメント:0 | トラックバック:0 |

Canよありがとう!そして再びイスタンブール(ヨーロッパ周遊58日目)

2008年4月13日。

この日は2日間お世話になりまくったCanと別れ、Bursaから再びIstanbulへと移動することにする。

毎食、Canのお母さんは山盛りの食事を出してくれた。

そんなCanママはどこか、日本人のお母さんみたいな雰囲気を持っていた。

P4130023.jpg

Canの両親は離婚しているそうだが、彼ら母子は本当に素晴らしい関係を築いている。

一人息子のCanとその母…お互いの存在なくして生きてはいけない…そういうものを強く感じた。

そして、彼にはバスターミナルまで送ってもらい、そこからKoray邸に再びお邪魔すべく、Istanbul行きのバスに乗り込む。

Istanbulに到着した頃にはもう夕方。

BursaとIstanbulは直線距離ではかなり近いのだが、その間には海がありバスはそれに沿って陸地を行かなければならない(フェリー利用もあってそちらの方が早いらしい)

Istanbul到着後は小さなワゴン車に乗り換える。

そのワゴン車にも当然、他のお客も乗っているから、僕はKorayの家のあるHalemのバスターミナルに自分のワゴン車が着いた時、自分の目で判断して降りなければならない。

ワゴン車に乗っている間、常に外の風景を気にしながら乗っていたが、見覚えのあるガソリンスタンドをたよりにワゴン車を下車。

で、幸いそれで正解だった。

綱渡りのような移動…。

そして、Korayと連絡がつかないのでとらえず彼の家まで歩いてみる。

と、偶然にもKorayは仕事から帰ってくるところだった。

まさに同じ瞬間に彼の家の前の玄関で再会…したはいいが、なんとそこで初めて僕が登録していた彼の携帯番号が間違いだったのに気付く。

それまでは僕がいくらかけても繋がらなかったが、いいタイミングでいつも彼がかけてきてくれていた。

そして、この日もたまたまお互いの帰宅時間が一緒だったから良かったものの…。

彼は自力で彼の自宅前まで帰ってきた僕を見て驚いていた。

確かに、周りはただの住宅街。

そして英語がほとんど通じないこの土地で、僕はちゃんと彼の家に辿り着いた。

どうやら、僕の旅人レベルは少しづつ上がっているようだ。

そして、いろんな人と再会しお世話になったTurkeyもあと1日となった。

テーマ:とりあえず書いとこ ~ф(゜゜) - ジャンル:日記

 よければクリックをお願いします。

ヨーロッパをぐるっと回る。 | コメント:0 | トラックバック:0 |
| HOME |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。