竹的雑感記~ヨーロッパ生活…その後~

ヨーロッパでの経験を活かし…東京砂漠で奮闘中。

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Sophieが去ったり、Mahmetが去ったり、Nerminが来たり

さて、これが101番目の記事…。

何かちょっとだけ新たな一歩を踏み出した気分だ。(あくまでもブログに関して)

さて、先週末親しくしていた元クラスメイトのスイス人♀のSophieがマルタを去った。

いい意味で女性らしさを感じさせない、日本人で言えば久本雅美的な存在だった。

いつも学校の休み時間には彼女と一緒にいる事が多く、何を話すわけでもなく、ただ一緒にいるだけ。

なぜだか、彼女は僕に親近感を覚えてくれていて、僕の作る炒飯のファンの一人でもあった。

P1030040.jpg


年齢不詳のようにも見えるが、22歳と僕より遥かに若い。

彼女がマルタを去った日、僕は見送りに行った。

帰国の際は学校の手配する車が住まいの前まで迎えに来て、帰るのが通例。

結局、彼女を見送りに来たのは僕一人だけだったから(彼女には友達はたくさんいたけれど)行って良かったと思った。

たまに大きなスーツケースの横で、迎えの車を一人でまつ語学留学生を見かけるが、誰も見送りがいないその姿はやっぱり寂しいと感じるから。

彼女はスイスのイタリアンパート出身で、ロカルノという街に住み、そこの小さな村の村長を父親がしているらしい。

イタリアのミラノまで1時間という立地で、来年の旅の際にはカベルザッチオ家(彼女の苗字)にお世話になろうと早くも画策している。

僕が親しくしている友人は♂ならKoray、♀ならSophieという感じだったため、彼女が帰ったのは結構寂しいものがある。

…が、僕がMaltaの後はEnglandに渡る事を知っている彼女は

「多分、イングランドに行くから」

と言ってた。なぜこれほどまでに僕に親近感を抱いているかよくわからないが、よほど炒飯がうまかったのか…。

さて、もう一人の仲良しKorayは最近その性格の鬱陶しさが増している。

僕がちょっと目が合って挨拶せず、数分遅れで彼のところに行くと

「さっき目があったのに何も言わなかっただろ?」

と言い、別に大した事もないので適当に流そうとすると

「いや俺は知ってるんだ」

とさらに追い打ちをかけてくる。正直ウンザリしてしまう。ビザが切れてしょげていた頃のKorayが一番素直だった…。

そして、僕のRoomメイトだったMahmetも今日マルタを去った。

これまた寂しい…。

彼はバランス感覚に優れたしっかり者だった。

P1030047.jpg


彼のお見送りにはたくさんのトルコ人がやってきた。

そんなお見送りの際、車を待っている時入れ違いの形で僕の部屋のNew Studentがやってきた。

今まさにお見送りの車を待っているMahmetと今まさにお迎えの車によって登場したNew Student。2人は一瞬だけ対面しただけだった。

さて、Mahmetが去った後、早速部屋にやってきたスイス人と話してみることに…。

彼の名はNermin(ネルミン)。

確かにスイス人である事は確かだが、出身はボスニアらしい。

1990年の内乱の際に家族でスイスに移ったとの事。

とりあえず、かなりのイケメン!ただ写真はまだなのでまた後日。

年齢20歳(もうすぐ21歳)、チューリッヒ出身(Fabrizioくんと一緒!)、滞在は5週間、交通事故で兄を亡くしている、だからお酒は一滴も飲まない、以外にもイスラム教徒、フィットネスが趣味でプロテインを飲みます宣言…今わかったのはこのくらい。

とりあえず、前の住人クレイジーアンドレに比べれば見るからに「マシ」。

で、前の記事で書いたJong Bokも24歳だから僕がFlatで最年長。Joelが去って以来ずっとその状況は変わらない。

遂にこれが第4章の始まりだ。
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