竹的雑感記~ヨーロッパ生活…その後~

ヨーロッパでの経験を活かし…東京砂漠で奮闘中。

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リトアニアに行く その参

さて、リトアニア最終章。

前回の記事で書いたAさんと出会ったことで、それから2日間リトアニアでは夜ごはんを一人寂しく食べるという事はなく、以前バックパッカーとして旅をしていた経験を持つAさんの貴重な話を食事をしながら聞けたりもした。

28日はそれまで3日もいたにもかかわらず、クリスマス期間と被りほとんど観光できていなかった首都Vilniusを一人で観光する事に。

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こんなローカルなトロリーバスが首都の街を走っている。

価格は片道60~70円くらい。僕もこれに乗ってテレビ塔、KGB博物館に行ったりした。

しかし、中には暖房が効いていないいない車両もあり、車内で白い息が出るなんて事も…。

ちなみにテレビ塔は、リトアニアがソビエトからの独立を宣言した際に、ソビエトの戦車が押し寄せ、それに対抗するため人々が自らを盾として命を失った場所であり、1階には当時の写真等の展示があった。(当時の切迫した状況がよくわかる生々しい展示だった)

そしてKGB博物館は、ソビエトの体制に反対する政治犯が監禁された施設を博物館にしたもので、そこでは銃殺を始め様々な拷問が行われた場所でもあり、今まで味わったことのないどんよりとした空気が漂っていた。

バルト3国が独立した今もそれぞれの国にロシア人はかなり残存しているわけで、今だに敵対し合っているという事ではないみたいだが、それでもこれらの施設を見る限り、やはり彼らはソビエト(ロシア)という国を少なくとも良くは思っていない事はよくわかった。

ちなみにバルトの国々は独立後、公用語をそれぞれの国の言葉としていたり、ソビエト崩壊後の独立国家共同体に参加していなかったり(例えばウクライナ、ベラルーシ、カザフスタン等は参加)、そしてEUに加盟したりと旧ソ連の国々とは別の道を歩んでいる。

さてさて、僕の一人Vilnius観光はまだまだ続く。

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これはVilniusにある教会。

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これは3つの十字架の丘。

ちゃっかり僕が写りこんでいるが、これは≪写真を地面にセット≫→≪タイマーモード10秒に設定≫→≪十字架の下までダッシュ!≫という手順を踏んだのは言うまでもない。

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これは展望台から見たVilniusの夜景。

夜のVilniusの街中も非常に綺麗だった。

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この日は幸か不幸か昼間に一旦気温が上がり、おそらく僕がLihtuaniaに来て初めて0℃を上回り、道路や街の雪が一旦解けた。

そして、夜に再び冷え込み、街中が「ヴィリュニュス・アイススケート場」と化した。

現地人ですらそこら中で転倒している、この上なくデンジャラスな状態だ。

そんな街へと僕は同じホステルに宿泊していたヨーロピアンと飲みに行くことにした。

国籍の構成はベルギー2人、ポルトガル2人、スペイン1人、イギリス1人、そして日本1人。

こういう状況にはもう慣れている。特にMaltaにいた頃はよくそんな状態で浴びるように飲んでいた。

このメンバー、本当にクレイジー揃いだった。

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一応、8ヶ月間英語を勉強してきたので、特段彼らとのコミュニケーションで困る事はない。(一人のイギリス人を除けば皆英語が母国語ではないのでお互い一般的な単語で会話する)

そして1件目を出たところで、次はどこにいこうかとなるが…。

みな

「I don't know」

なのである。そこで、道端で現地の若者にいい場所はないか尋ねる。

彼の名はDario

彼は僕らの事を見るなり

「こんなにたくさんの国籍が一緒にいるのを見たことがない!」

と興奮していた。そして、Darioは急きょ僕らのガイドとなった。

彼が案内してくれた道中、当然街中はアイススケート状態なので

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こんなアクシデントは毎分のように起こる。

ただ、既に時間が遅かったこともあり、また外国人だったことも手伝って?僕らはなかなか彼の連れて行ってくれるお店には入れなかった。

そして、やっと見つけたと思っても僕らが「高い」と言って、拒否したり。

そんなわがまま集団を彼は嫌な顔一つせず、最終的に一つのクラブに落ち着いた。

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この中にDarioは写っていない。

結局、ここで朝の4時まで飲み明かすことになる。

最終的にDarioとは連絡先を交換し別れたが、先日彼から連絡があり

「次回Lithuaniaに来るなら家に泊っていいよ!」

と。22歳の学生のようだが、なんて素晴らしい若者だろうか。

いきなり、街中で外国人に絡まれ快くガイドしたDario。

彼とまた会うべく、来月からのヨーロッパ横断で再びLithuaniaに行こうかと思っているところである。

さて、5時に就寝した僕はAさんと約束していた時間8時に叩き起こされることになる。

もちろん、僕は何とも言えない胸やけを伴っていた。

そして29日、いよいよ最後の国Latviaを目指す。
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