竹的雑感記~ヨーロッパ生活…その後~

ヨーロッパでの経験を活かし…東京砂漠で奮闘中。

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久しぶりの「アジア」へ(ヨーロッパ周遊48日目)

2008年4月4日。

この日は計画通り、朝にお世話になったHostelをチェックアウト。

TurkeyのIstanbulに向かうため、前日は購入出来なかったチケットをゲットしにバス会社のカウンターへ。

そこで、前日と変わらずの悪態…。

無事にチケットはゲットし、遂にTurkey行きのバスに乗り込んだ。

そこからバスで約4~5時間走っただろうか、BulgariaとTurkeyとの国境に辿り着いた。
乗客の中にUKからのお客さんもいたのだけれど、彼らはビザの手続きを必要とするようだったが、日本人の僕はパスポートのみでOK。

Turkey側に行っても荷物チェックが行われ、荷物を鞄から出される人もいる中、僕は

「どこから来た?」

「日本から」

「コンニチワ」(ニコリと笑いながら)

これで、何のチェックもなくパス。

Turkeyは一般的に日本人には親切と言うが、本当らしい。

そして国境の町はEdirneというのだが、早速国境のバスターミナルからはモスクが見えた。

本当にTurkeyまで来たんだ…。

Portugalから始まった旅も、遂に東端の国Turkeyまでやってきたのだ。

そして、そこからIstanbulまでさらに数時間。

窓から見える景色はBulgariaとはまた違い、Turkeyが少なくともBulgariaに比べれば遥かに裕福なことを窓からの景色で推測できた。

Istanbulのバスセンターに到着した僕は、この日お世話になるKorayの言われた場所へ行こうとするが、まず自分がどこにいるのかわからない。

そこは僕がMaltaやOxfordで出会った数多くのTurkey人と同じように、ヨーロピアンとは呼べない、何とも濃い顔立ちの人たちがたくさんいた。

僕は思った…この国はヨーロッパではなく、アジアだと。

とりあえず、適当に人に聞き、英語がほとんど喋れない人だったが、地下鉄でKorayに言われたフェリー乗り場まで行けることはわかった。

そして、何とかフェリー乗り場に到着したはいいが、今度はどうやってフェリーに乗ればいいかわからない。

僕が右往左往しているとかっぷくのいい一人の女性が

「Can I help you」

話しかけてきた。救う神現れたり。

彼女は僕の聞きなれたTurkeish訛りの英語を喋るが、コミュニケーションには問題ない。
どうやら、国際関係の職に就いてるらしく彼女のような存在はTurkeyにおいて貴重だ。

彼女の案内でフェリーにも無事に乗り込み、少し語らいながら遂にKorayに指定された町Halemに到着。

しかし、ここで問題が…。

Korayに電話が繋がらない…(後々僕の登録していた番号が一つ'0'が足らず、彼には僕からの連絡が一切繋がっていなかった事にきづくのだが…それはまた後のお話)

そうすると、偶然いいタイミングでKorayから電話が。

久しぶりに話して嬉しいのだが、初めての土地英語で自分の居場所を伝えるのは難しい。
そうすると、また案内してくれた彼女が電話に替わりトルコ語で説明。

そして、5分ほどして遂にKorayと再会。

助けてくれた彼女はそれを見届けると、僕に別れを告げ帰途についた。

Turkey人はいい人だ…。

さて、久々にあってもそれほど懐かしく感じないのがさすがKorayだが、少なくとも友人として付き合っている上では、すごくいい奴で(多少、Maltaでも煙たがられてはいたが…)、僕も彼の家ではRelaxできた。

彼は母、叔父、祖母との4人暮らし。

Koray以外はまったく英語を喋らないが、みんな温かい

P4050065.jpg

僕とKorayとそのおじさん。

いろんな人の助けがあって、僕は無事にIstanbulのKoray邸に到着した。

さあ、これからTurkey周遊だ。
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テーマ:雑記 - ジャンル:日記

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