竹的雑感記~ヨーロッパ生活…その後~

ヨーロッパでの経験を活かし…東京砂漠で奮闘中。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

スポンサー広告 |

ここはトルコか!?

親しくしていたFLATメイトが全員去った今、僕の一番の頼りはクラスメイトのKORAYとなった。

今日も彼とその他のトルコ人5人と共に行動を共にした。

親しくしている日本人はチュニジアに旅行に行ったり、アクシデントに見舞われて病院に入院していたり…(昨日お見舞いに行ったけど元気そうにしていた。2、3日で退院するらしいけれど、まさかマルタの病室に足を踏み入れることになるとは思わなかった)

僕にとっては日本語を喋りたくても喋れない状況…僕の英語力の向上にはいい条件となっている。

もちろんトルコ人同士は当然トルコ語で話すから、アウェー感満載である。

仮に

「こいつを最終的には殺してしまおうぜ~」

とか言ってたとしても、僕にはそれを知る由もない。

日本人が周りに全くいない状況は少なくはないけれど、集団でポツンと一人だけ日本人という状況は実は珍しい。

しかも僕以外みなトルコ人。

海沿いのセントジョージというところに小~中規模のショッピングモールみたいなものがあって、そこで洋服を中心にトルコ人と共に物色…。

洋服の値段も日本とさほど変わらない。UNIQLO程安いお店は存在しないけれど、安く買い物をしようと思えば、シンプルなTシャツなら1000円以下で買える。

ここでまたまた話を逸らすと(最近よく横道に話題が逸れる…)日本のUNIQLOは100円SHOPと同じく非常に貴重な存在だと思う。

1~2年前まで10年以上足を踏み入れることのなかったUNIQLOだけれど、ここ最近は僕も現実志向が強くなって、「安くてもクオリティがそれなりのものを!」とか考えて、靴下や下着、シンプルなTシャツはUNIQLOで十二分だと思うようになった。

本当に日本製品の品質、流通システム、そして店舗でのサービスととても優れた国だと思う。

話を戻して…結局皆買い物らしい買い物はしなかったのだけれど、KORAYとは

「安いお店がいいよね、なんせ僕ら学生だし。服が欲しくなったら一緒にここに来ようぜ」

というところで意見が一致した。

そんなこんなで一旦解散し、久しぶりの自炊(最近は誰かが作ってくれたり(大概コリアン)が多かった)をした。

今日は「適当スパゲッティ」と「もやしのバター炒め」。そしてJOELが残していったビールのCISK(500ML)

しかし、マルタに来てからというものかなりの割合で飲んでいる。9割方飲んでいるだろうか…。一切飲まない日が相当珍しい。

アルコールの種類でいうとビール8割、ワイン2割というところ。

それ以外のアルコールはほとんど飲んでいない。結局日本からも一切お酒類は持ってこなかったので、芋焼酎が恋しい日々が続いている。

その後はまたKORAYが今日マルタを去ったジャンス(結局スペルを聞かずじまい)と共に僕の部屋を訪ねてきた。本当に彼は最近僕と親しくしてくれている。

ジャンスもトルコ人なのだけれど、独特の雰囲気を持った20歳そこそこの女性。

いつも学校の外で会うとKORAYが横から

「セニセビュールムって言え」

と言うのだ。

ちなみにトルコ語の「セニセビュールム」とは英語の「I Love You」

しょっちゅう、KORAYにジャンスに向かって言わされていたから僕も覚えてしまった。

最後にジャンスとちょっとしたお別れ会を開くべく、酒屋に行くと僕がマルタに来て2日目にWelcome Drinkなるイベントで同席だったオズラン(こちらもスペルを聞かずじまい)がいた。

彼女も今日トルコに帰った29歳の既婚の女性。

実は僕は海外で生活するにあたって、自分の名前をFirst Nameの一部から取って「Masa」と名乗っている(日本ではFamily Nameの一部(竹)を文字ってニックネームで呼ばれることがほとんどだったけれど)。

少なくともMasaの方がTakeよりも覚えてもらいやすそうだし(ヨーロピアンに同じような名前のF1ドライバーもいるし)そもそも、こちらではFamilyネームで呼ばれている人は圧倒的に少ない。だからMasaと名乗っている。

実はこの「Masa」はトルコ語で「テーブル」の事を言うらしい。だからトルコ人が僕の名前を覚えるのがやたらと早い。発音は「マシャ」らしいが。

今日オズランに会った際も

「日本人の大半は最後に「コ」がついてすごく覚えづらいわ。でもMasaは覚えやすかったし、あなたの名前は好きだよ」

と言ってくれた。ちなみに僕の通う学校はおそらくはマルタの語学学校では日本人の数が一番多いと思うのだけれど、女性に比べて男性の数がかなり少ない。割合にして男:女が1:9~2:8くらい。

だから日本人の大半が最後に「子」がつくと言われるは納得できる。

そして、記念撮影をしていただいて…

P1020254.jpg


左からジャンス、冴えない日本人、オズラン。ちなみにカメラマンはKORAY。

彼女らは既にマルタを去ったが、例えばこれがALEKSANDERやJOELなら結びつきが強いし、お互い連絡先を知っているから「いつかまた会えるかな」って思えるけれど、オズラン、ジャンスの場合は限りなく100%に近い「永遠の別れ」なのだ。

そう思うとかなり寂しいものがある。でもここではきっとそういう別れの連続なのだ。

そして、その後ジャンスのマルタ最後の1~2時間をジャンスのFLATのベランダでKORAYと遅れて参加したクラスメイトOMERと僕の4人で過ごした。

これまた僕以外トルコ人。そして別れの時。

20070626002415.jpg


トルコ人3人衆。KORAYにはジンベエを着せて…。

そして彼女はトルコの首都、アンカラへと帰っていった。

KORAYは本当に辛そうだった。

で、なぜか彼女が昔使っていたらしい腕輪(タダの紐なんだけれど)を僕の腕に付けてもらったんだが、これって寝る時も外せない…(よくわからない結び方)。

P1020258.jpg


ま、最後の最後で少しだけ仲良くなったジャンスだけれど、この状態では一番思い出す回数が多そうである。(外す(切る)わけにはいかないし)

さて、そんなこんなしている間に新しいFLATメイトがやってきた。

まだ30秒くらいしか喋ってないから、あす以降いろいろ聞いてみたい。

とりあえず、僕より若いのは間違いなさそう!
スポンサーサイト

テーマ:日々のつれづれ - ジャンル:日記

 よければクリックをお願いします。

留学(Malta編) | コメント:0 | トラックバック:0 |
<<このブログを読んで下さっている全ての皆様へ | HOME | そしてJOELが去って…>>

この記事のコメント

コメントの投稿















コメント非公開の場合はチェック

この記事のトラックバック

| HOME |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。